愛記について Lv7:”神聖になる”

今回も愛の行動について、科目を1つずつ見ていきたい。実際に実践していくことがエネルギーのやり取りになるのだから。まず、大前提は、”愛貨”は”お金”と逆の仕訳になるということだ。つまり、使えば使うほど、価値が上がるということだ。”お金”は貯めれば貯めるほど価値があがるのと真逆である。よって、”愛貨”を持っている人は、すぐ使った方が良いので、出来るだけすぐ行動を起こして、愛を与えようとする!これが大前提の仕組みである。”愛記”についてはこちらを参照。

 

なお、当研究会では、独自に”愛貨”の付与基準を設定している。もちろん、各会社ごとに基準は変更してもらって構わない。

愛の行動Lv1の科目→ 100愛

愛の行動Lv2の科目→ 200愛

愛の行動Lv3の科目→ 300愛

愛の行動Lv4の科目→ 400愛

愛の行動Lv5の科目→ 500愛

愛の行動Lv6の科目→ 600愛

愛の行動Lv7の科目→ 700愛

愛の行動Lv8の科目→ 800愛

という具合だ。1ポイント=100愛というようなイメージで、基準を設定している。なお、愛の行動の科目としては下記参照。

愛の行動Lv1の科目はこちら。

愛の行動Lv2の科目はこちら。

愛の行動Lv3の科目はこちら。

愛の行動Lv4の科目はこちら。

愛の行動Lv5の科目はこちら。

愛の行動Lv6の科目はこちら。

愛の行動Lv7の科目はこちら。

愛の行動Lv8の科目はこちら。

 

なお、各次元ごとに愛記を行っていくので、各次元についてはこちらを参照ねがう。

第1次元:人間という生命体

第2次元:部署・チームという生命体

第3次元:会社という生命体

第4次元:業界・団体・地域という生命体

第5次元:産業という生命体

第6次元:日本という生命体

第7次元:世界経済という生命体

第8次元:人類という生命体

第9次元:地球という生命体

第10次元:太陽系という生命体

 

・愛の行動レベル7:”神聖になる”

神聖になるという愛の行動により、何を与えられるのだろうか?神聖とは、神のように霊妙で尊いこと、厳かでおかしがたいこと、清浄でけがれがないこと、厳粛なこと。”神聖になる”とは、つまり神から何かをささげるように命じられた場合、わたしたちは物質的な財産を提供する意味だと考えがちだ。しかし究極的には、自分自身を神にささげることにほかならないのである。キリストは「心や精神、思い」という言葉を鍵かぎとして第一の戒めをまとめておられるが、これは、気が向いたときだけでなく常に求められていることである。

 

また、”神聖になる”とは人知を超えたということでもある。人知の極みである全能とは「論理的に可能なことならなんでもできるが、論理的に不可能なことはできない」という意味になる。そのため、非論理学性や神秘性を肯定することはできなくなる。懐疑主義・論理学的疑問・合理主義を切り捨てることもできない。言い換えれば、論理学・合理主義によって批判された事柄(神秘的全能者)について、「神」「奇跡」「超越」等と説明付けたり擁護したりしても、そこに論理学的・合理的正しさは無い。

 

よって、”神聖になる”とは、論理的に不可能なことや神秘的なことを、そのまま受け入れることでもある。すべてを合理的に理論的に説明をしようとする人は、どうしても神秘的なことは受け入れられない。”神聖”なる人は、魂とつながり、魂からの言葉を傾聴し、どのような場合でも合理性や利害を追求せず、自分自身を神に捧げるのであろう。

 

青森県弘前市にある木村秋則さんのリンゴ園はまさに”神聖”だ。以下こちらより抜粋

木村さんがりんごを無肥料栽培で始めたのは20数年前、農作業のなかった日にたまたま入った本屋の棚の一番上の取れなかった場所にあった「自然農法論」である。それを手にして米を無肥料・無農薬で作ったことに強い刺激を受け、りんごでも出来ないだろうかと思い、元来勤勉で好奇心の旺盛な木村さんは、片っ端から農業関係の本を読みあさり、本格的に取り組みだす。

 

それは苦悩と挫折の始まりであり、まったく先の見えないドラマの始まりでもあった。最初の年は前年の残留肥料のせいか順調だったが、初夏になると葉が黄ばみ落葉を始める。本来花が咲くのは5月中旬だがこの年は落葉した後9月に花が咲き10月に一口大の大きさと小梅のような実がなり、その年のりんごはまずくて渋く食べられるものではなかった。それから7年間、葉は出てくるが花は咲かず害虫と病気の闘いだった。毎日毎日害虫取りをした、いくらとっても終わらない、だから農薬の効き目とありがたみを一番知っているのは自分だと言い切る。

 

家族にはだんだんよくなってきたな、と、言い聞かせるが何をやっても害虫の被害がなくならない、家も二度追い出される。自信がなくなり世間からも変人扱いされ、三つ編にしたロープを持って岩木山に登ったが実はロープが短くて死ぬのに用を足さなかったと笑いながら話す。天気のいい月夜の晩で何か全身の全ての細胞が変わったようになり、弘前の夜景を眺めていると本当にきれいだと思いしばらく佇んでいると足元の草木等がりんごの木に見え出す、しゃがんで土をすくってみると、畑の匂いとぜんぜん違う、何にもしていないのに根っこが張リ抜けなかった。畑の草はすっと抜けってしまう、それがヒントになりこの粘り(根張り)が重要だと気づき、今まで土の上のことしか見ていなかったが大事なのは土の中だと気づかされた。大豆の根粒菌の作用による土作りの知識があったので6年目に大豆をばら撒いた。その年は落葉が少なく三分の一残り翌年は半分残る。


収入のない生活が続く、それでも毎日体験している作業を何とか書きとめるため新聞屋さんで余ったチラシを分けてもらい鉛筆で書きとめた資料は実にりんごの木箱2箱になるという、急に小声で話し始めたが実はチラシは鉛筆ではとても書きずらく今非常に判別しにくいと言う。子供にノートを買ってあげることも出来ず、昼は自分のりんご園、夜は弘前の繁華街で働くという生活を余儀なくされる。

 

8年目で一本の木にだけ7個の花が咲いた、そして2個だけピンポン玉と小指の先ぐらいのりんごが出来た。大豆の効果はありそうだがまだまだ世間の目は変わらない。このころりんごの木一本一本に「ごめんなさい」と声をかけて回った、ついに気が狂ったと思われたのもこのころである。ところがその翌年畑一面にりんごの白い花が咲き乱れた、隣人に教えられたがすぐに信用できないのと今までのことがあるので、じかに見るのが怖かったので隣の小屋越しにのぞいてみたら足がすくんで身動きできなくなってしまった、涙は止まらない。実がなってからも木に「良く頑張ってくれたありがとう」といって歩いていた。今でも一本一本話しかけて歩いているという。

 

木も生命体であり、1つ1つの生命体には魂が宿っている。その魂と会話するのである、木に話しかけるのである。毎日毎日、ブツブツと独り言のように木と話しかけている様子は、狂人のようにも見える。それは、合理的で論理的な人の目から見た場合の話だ。”神聖”なる人から見れば、何らおかしくない行為なのだが。もはや”神聖になる”と、合理的、論理的な行動の方がむしろ狂人なのであるのかもしれない。平気で農薬を蒔いた農作物を売りつけたり、合理的に人を酷使したり、というのはもはや狂人のなすべき事のように思えるのかも知れない。例え収入が無くなろうとも、例え命の危険に迫られようとも、決して諦めなかった木村さんは、もはや”聖人”の域に到達していると言える。

 

 

そんな木村さんの元に、多くの人が集まる。自分も”自然栽培”を学びたい、木村さんのりんごを使ってジャムを作りたい、など様々な人が集まる。これらの人々は、木村さんという人の”神聖になる”という行為に対する愛貨を受け取った人々なのだから。

 

今回の仕訳の科目としては、愛の行動Lv7:”神聖になる”となる。今回の事例は、木村さんは、人類の代表として、人知を超えた行動しているのであり、第8次元:人類という立場にて仕訳することになる。

 

・借方(発信先):第8次元_人類_木村さん 、神聖になる

→ 詳細内容を備考欄に記入。

 

・貸方(受信側):第8次元_人類_シェフIさん 、感動する

→ 背景等を備考欄に記入。

 

この時点での会社が設定した第8次元のB/SとP/Lを見てみると下図のようになる。(※なお、年度初めの会社の目標設定時に、第1次元~第10次元までの愛の行動を宣言し、年度末には各次元ごとに決算書を作成し、まとめてから公表することになる。こうすることで、どの次元の行動が多いのかが一目でわかるようになる。)

・B/Sについて(エネルギー量)

シェフIさんが、愛貨を受け取ったことで”資産”が増えた。相手からもらう”資産”は、持っていては評価が下がるので、すぐに使いたいという性質のものだ。よって、”負債”と等しいことになる。つまり、資産と純資産が、ともに負債のように見え、魂から借りたエネルギーによって、愛の行動に変えていくべきもの、という解釈になる。なお、”お金”は自社内でやりくりしてもB/S、P/Lに変化は無いが、”愛貨”は変化するという考え方になる。だからこそ、必死で自社内にも愛の行動が行き交うことになる。会社として宣言した各次元に跨る”1億愛”を、自社内の全員で必死にやり遂げるということが重要な指標となる。

 

・P/Lについて(行動量)

今回はシェフIさんが行動したわけでは無いので変化はなし。相手に受け取られたかどうかは、B/Sというエネルギー量を見る指標をみればよく、実際にどれほど行動したのかは、P/Lという行動量を見る指標をみればよいことになる。実際に誰かが実行した愛の行動分だけ、第3次元:会社としての収益になるので、貸方の収益が増えたということになる。一方、費用とは、導入時の純資産を設定した段階で、今期の行動・目標値も設定されることになるため、費用も同時に設定されることになる。

 

 

いかがであろうか。これで、少しは”愛貨”について理解が深まったのではないかと思う。神聖になるという行動とは、合理的、論理的からも抜けだし、魂からの声を常に聞き続ける姿になる。このような行動ができる人はほんのわずかで有り、人間である以上は、どうしても利害を追求したり、合理性を追求してしまう。これを無視して、魂からの声に全身全霊を捧げるのであるから、相当な恐怖感もあるだろう。それでも、やり続けられるのは、もう愛というエネルギーに満ちた人のみなのであるから。