ウィルバー氏の言う視点とは?

先に発達段階について記載した。統合的に様々な学者の意見をまとめたウィルバー氏のインテグラル理論がもっともわかりやすいのではないだろうか。ぜひ、インテグラル理論という本、それを補足するインテグラル心理学という本、この2冊を読まれることをお勧めする。このインテグラル理論を基に、ラルー氏がわかりやすく実践に応用したのがティール組織という本なのだから。以下、こちらより抜粋

 

ウィルバー氏がこだわる概念に、4つの象限という概念がある。これについて記載したい。

上記がその4つの象限だ。それをさらに明確にするためにも、人間とは別のレベルの存在、カエルの4象限にわたる経験世界について記載すると下記のようになる。なお、文中の経験の領域は主観的領域、文化の領域は間主観的領域、行動の領域は客観的領域、そしてシステムの領域は間客観的領域のことある。

 

・経験の領域:カエルの現象学的世界
経験の領域はカエルの現象学的経験――その主観性――を含む。この領域は、カエルの一人称の気づき――熱いまたは冷たい水の身体的経験、物理的痛み、そして衝動――を表示する。カエルはこれらの経験に対して自覚的な関係は持たないだろうが、しかしカエルは、たとえ相対的に素朴であったとしても、様々な経験を支える内面を持っている。


・文化の領域:カエルの文化的世界
文化の領域は、カエルと、他のカエルや蛇や鳥や昆虫やネズミやキツネのような他の動物たちとのコミュニケーション、そして意味の交換を含む。有機体がコミュニケーションをとり、互いのシグナルを解釈する時、それらは「記号論的ニッチ」あるいは意味の間主観的空間を創っている。カエルは、全ての有感の存在と同様に、特異な記号論的ニッチを持っていて、その深度は他の有感の諸存在における意味の深度と織り合わさったり、あるいは衝突したりする。


・行動の領域:カエルの感覚的世界
行動の領域は、五感からの感覚データ、フェロモン、視覚的刺激、聴覚信号、物理的感覚、味覚などを含む。この領域はまた、どのようにカエルが環境を認知し、そして結果として、構造的に環境とつながるかも含む。


・システムの領域:カエルの社会的世界
この領域は、カエルが知覚しそして参加している規範と規則の様々な(生態学的、進化論的、社会的、そして交流的)システムを含む。カエルは無自覚的に、全ての種類の統語論的( syntactical)要素に参加している。カエル間の物理的シニフィアンの交換と、それらの環境が、カエルの生態学的ニッチの重要な部分を構成している。それに加えて、生態学的圧力や進化論的ダイナミクスによって特徴づけられる、カエルが従う様々な社会的構造と規制がある。これらの様々なシステムがカエルの社会的世界を作り上げる。

 

これらを簡単にまとめると下図のようになる。

 

4つの象限について簡単に見てきたが、これらの経験世界を探究する際に内側と外側から見ることができるということの意味について次に考えてみる。それではなぜ道徳性の高い人は、道徳的創造を行うことができるのであろうか。バーナードのいう道徳的創造性は、それぞれ相対立する行動準則に直面している人々の対立を解決することであり、どちらの準則にも合致する解決案を創造することである。

 

一般に、人々がそれぞれ自己の思想や価値あるいはコンテクスト、あるいは自己の発達レベルの思考や視点に執着し固執することが彼らや彼女らの聞のコンフリクトを引き起こし、新しい意味やコンテクストの創造を困難にする。すなわちバーナードの言う道徳的創造を困難にするのである。 自己のコンテクスト、あるいは自己の発達レベルに従って思考し行動しながら、それを打破 し、乗り越えて新しいコンテクストを創造することは人間の現状維持志向的特徴からして困難である。現在の意識状態を大きく超える思想や価値観あるいは世界観であればあるほど、人々は自己の思想や価値を変えることには抵抗するものであり、そのような価値観や世界観は受け容れられなくなる。

 

そこで、人々が新たに高いコンテクストの視点や長期的視点へと変わるためには、自己を制約している世界観やコンテクスト、すなわちメンタル・モデルを変えなければならない。このメンタル・モデルは人々が心の中で抱いているイメージや仮説である。それは人々の無意識の中にある暗黙の仮説であり、自分自身ではなかなか気づかないものである。 しかし、それは人々の思考や行動様式を規定するものであり、基本的にはその人の発達レベルによって規定されるものである。個人が変化するということは、基本的にはこのメンタル・モ デルないし世界観が変わることを意味している。

 

そのためには人々はまず自己の立場や視点を変える必要がある。 R.ディルツ(Dilts)によると、人の知覚位置として、①当事者の視点、②相手の視点、③ 観察者の視点、④システム全体の視点がある。

①は自分自身の視点で、私 (I) の位置であり、 

②は相手の視点で、あなた(You)の位置であり、

③は第三者の視点で、彼ら(They)の位 置であり、

④はシステム全体の視点で、私たち(We)の位置である。

 

人は、一般に①の立場に固守し、なかなか②や③、あるいは④の位置には立つことはできない。しかし変化するためには、先ずそれぞれの立場や視点を変えない限り困難である。この視点を変え、それぞれのメンタル・モデルを変えることが人々の対立や葛藤の解決には必要である。 ウィルバーによれば、 意識 レベルの高低の違いは、この視点の違いでもある。これを経営者の意識のレベルで示すと、自己中心レベルは第1人称、 自集団ないし自組織中心は家族や組織中心の第 2人称、社会中心は社会全体の第3人称、世界中心は世界のすべての人々の第4人称、などとなる。

 

このように視点が拡大する形で経営者の意識が発達するということは、第 1人称の自己中心の視点で、思考し行動することから、組織の視点、 社会の視点、世界の視点、などへと思考し行動する能力が向上することを意味している。それは、より包括的な段階に成長発達して、前の段階の思考方法、パターン、あるいは能力を包含し、より高度の思考方法、バターン、あるいは能力を加えることである。高次レベルの意識の経営者は低次レベルの経営者より高いレベルのコンテクストの視点、より広いシステムの視点、より長期的観点から思考し行動することができるようになる。すなわち、 意識 レベルないし道徳レベルの高い人は、第1人称の当事者の視点から第2人称の組織の視点へ、組織の視点から第3人称の社会全体の視点へ、さらに第4人称の世界の全人類の視点へと拡大でき、すべての世界のすべての存在というように、より広い視点、より高い視点、より長期的視点から思考し行動することで人々のメンタル ・モデルを変ることが可能になるのである。 

 

 

・次元について

ウィルバー氏がこだわっているのが上記の4つの象限、4つの視点だ。一方、当方はこの視点を10の視点にまで広げる概念を提唱している。それが”次元”という概念だ。この次元は、入れ子の構造になっており、まるでマトリョーシカのように生命体が入っているという概念だ。

 

 

詳細については下記を参照ねがう。

・1次元:人間という生命体

・2次元:部署・チームという生命体

・3次元:会社という生命体

・4次元:業界・団体という生命体

・5次元:産業という生命体

・6次元:日本という生命体

・7次元:世界経済という生命体

・8次元:人類という生命体

・9次元:地球という生命体

・10次元:太陽系という生命体

 

それゆえ、ウィルバー氏がいう4つの視点以上に、もっと視野を広げて、8次元:人類、9次元:地球、10次元:太陽系、にまで広げ、それを自分事として捉えていくと、きわめて視野が広くなり、宇宙規模の自分自身になれるのであり、宇宙規模の組織に育てあげることもできると、当方は考える。

 

気候変動に関する国際会議で意見がなかなかまとまらないのは、参加各国が自国の利益、自国の立場に固執し、30年後、 50年後、 100年後の世界の視点、地球の視点、人類の視点へと思考や価値観や世界観を変えられないことが原因であるといえる。 これは世界の人々の思考や価値観、世界観は間主観的に形成されるものであり、それぞれの平均的な意識の発達レベルで規定されることを示しているといえる。そこでは、自民族、自国家の価値観はあっても、特定の人々を除いて全人類、すべての世界のすべての存在、人類の子孫、地球の未来という価値観や世界観がないのである。しかし全人類や地球の未来という視点にそれぞれの立場や視点、を変えない限り、地球環境問題は解決されないのである。

 

 しかし、前述の各発達モデルが示しているように、人聞は自分の持っているいろいろな能力 を発達させ、より高いレベルへ到達することを求めている。一般に、人聞は低いレベルからより高いレベルへの発達を求めて努力する。そして人はそれぞれの発達段階にある課題や困難、あるいは危機を解決してホ ロン階層的に発達する。発達がホロン階層として進展するということは、高次のホロンは低次のホロンを包含するものであり、高い発達レベルにある人は、低いレベルにある人より、より広くより高く、あるいはより深い視野や視点を有し、より長期的観点から思考し行動することができることを意味している。高次レベルにある人は、それ以前のレベルや段階での様々な諸問題や困難を解決し、危機を乗り越えて人生観や価値観、 あるいは世 界観を拡大し意識を高めている。すなわち、意識ないし道徳性が高いレベルへ発達したという ことは、より低いレベルの人より様々なコンフリクトないし相対立する諸問題、あるいは価値観や道徳観の対立を解決してきたことになる。

 

さらに高次レベルの人は、それより低いレベルの人々の視点あるいはメンタル・モデルの課題や限界を理解しており、その視点を拡大し転換することの利点を示すことで、彼らの立場や視点あるいはメンタル・モデルを変えることができるようになる。そこで、より高次レベルの人、特にスピリチュアリティが高い人は、人生の生きる意味や働くことの意味などの人生観や世界観、さらに企業活動の意味や企業の存在意義などの基本理念に関わる根本的な問題に対する回答を人々に与えることが可能なのである。 スピリチュアル段階の人は、自己利益よりも自己超越的利益ないし社会全体あるいは人類全体、地球全体の利益を求め、社会、地球への貢献を志向するものである。そのような彼の行動は、成長発達を求める人々にとって模範となるので、彼らはその人の言動に追従するようになり、 相対立する問題に対する彼の解決案を受け容れるようになる。

 

人が自己利益や自組織の利益のために諸問題を解決しようとしていると他の人々から見られるならば、なかなかその人の提案や解決案は受け容れられない。しかし、自己利益や自組織の利益よりも、社会全体、世界全体、あるいは地球全体のための解決案であると人々が認識するならば、その解決案を受け容れるようになる。そして意識の発達が高くなり、スピリチュアリティが高くなればなるほど、その人の言動は真理を表すものとして人々に受け容れられるのである。スピリチュアリティは自己超越性を意味しており、それの高い人はすべての世界のすべての存在と一体化し、自己利益より も他者利益を求め、世界や人類への奉仕を求めるからである。意識が高度に発達したスピリチュアルな人は、自己超越的価値を実践し、人々の模範となり、信頼性の高い支援者として行動するので、人々を惹きつけ自ら進んでコミットするような道徳的創造を行うことができるのであ る。すなわち、意識レベルや道徳レベルの高い人は、より広くより高くより深い視点、そしてより長期的な視点で思考し行動するように人々のメンタル・モデルを変え、新たなコンテクス トを創造する道徳的創造を行うことができるのである。

 

 

いかがであろうか。ぜひ、”次元”という考え方も取り入れてもらい、意識を1次元~10次元まで広げることにより、あらゆる問題が解決できる。今まで考えたことも無いような見解が得られるかもしれない。