組織の後半戦について 成熟期②

今回は、組織の中盤戦からいよいよ後半のレールに乗ることについて見ていきたい。

 

先まで、人生と同じように、組織も100年設計とすれば、目標設定や発達段階への対処が可能となり、100年設計するために組織の存在目的やマネジメントを今一度、すべての組織がやり直しを迫られていることを記載してきた。組織には、人生と同じで発達段階というものがある。エリク・エリクソンの発達段階モデルに沿って見てくととても良く当てはまるのであった。

 

○組織の発達段階

第1~3段:導入期①意志キャラクタに乗る(0~6年目)衝動型組織 ”自立”vs 罪悪感

第4段:導入期②表面キャラクタに乗る(7~12年目)順応型組織 ”勤勉性”vs 劣等感

第5段:導入期③本質キャラクタに乗る(13~19年目)達成型組織 ”自我確立”vs 自我拡散

第6段:成長期 グループに乗る(20~39年目)多元型(フラット)組織 ”親密性”vs 孤独

第7段:成熟期 レールに乗る(40~64年目)進化型(ティール)組織 ”世代性(伝承)”vs 停滞

第8段:安定期 老年レールに乗る(65~84年目)分散型(ブロックチェーン)組織 ”統合性”vs 絶望

第9段:衰退期 全てを超越する(85年目~)個人の集合体組織 ”老年的超越”vs 死

 

組織の後半戦はというと、成熟期(40~64年目)だ。ここにしっかりと乗っていけるかどうかを見ていきたい。この時期に 「世代性」 を持つには、自分自身が確立されていなければならない為、“自分を磨いたり、能力を高める為の努力”や“深み” を持っていないと、それを「次の世代」に託せなくなり、場合によっては、社会的にも 「停滞」 してしまう傾向がある。また、次の世代を育成することに関心を持てないでいたり、個人的にも満足感・充実感は得られにくく、それ以前に託そうとする意識も育まれにくくなる。それらは「職業的な意識」「社会的な意識」「家庭的な意識」、もっとも「個人的な意識」もそうかもしれない。そして、この時期には、 「中年の危機」 といわれるような問題が顕在化し始めていく。

 

「中年の危機」、組織でいうと「成熟期の危機」を解消するには、男性性と女性性を統合していき、自己組織化を群発させていかねばならない。会社組織でいうと、「一歩踏み出せば、誰でも何かを引き起こせる」「何かを引き起こすのに、肩書きや資格なんか必要ない」という状況が作り出せるかどうかである。つまり、最初から中心になる人(ペースメーカー)と、そこに集まる人(その他の細胞)みたいな構造ではダメなのだ!そのような構造は、ヒエラルキーを産み出し、個人の自由な動きを抑圧するようになるからだ。でも、フラットな関係だけでは、自己組織化は起こらない。揺らぎを増幅していく仕組みが必要だ。

 

おそるおそる手を挙げた人にポジティブなフィードバックを送って励まして、みんなで引き上げていく仕組み。活動が正当に評価され、認められる仕組み。手を挙げれば、誰かが続いてくれるという確信が、手を挙げやすくしていく。それが文化として定着していき、次々と手を挙げ、一歩踏み出す人が増えると閾値を超え、自己組織化が起こる。それは、自由な心を持った人たちのグループに起こる現象。その現象が起これば、心がもっと自由になる。メンバーたちが、生き物らしさを最大限発揮することが出来れば、場の温度はどんどん上がっていく。これが我々が目指すティール組織というものだ!

 

つまり、「ゆらぎ」に該当する、恐る恐る誰かが手を上げるという行為をきっかけに、それに対する各メンバーからの正のフィードバックによるゆらぎの増幅が起こり、次々と手を上げる人が増えて、それが文化となって当たり前のようになる「閾値」を超えれば、自己組織化が起こるという仕組みだ。この「閾値」の値は、0.45~0.5と言われており、つまり、全体の約半数が当たり前のように手をあげていけば、残るメンバーも一気にあたり前のように手を上げだすという仕組みだ。0.5、つまり半数というのが層移転する臨界点ということになる。

 

この「ゆらぎ」はあくまで「ゆらぎ」であるべきで、逸脱するような行為は「ゆらぎ」ではない。誰かが突然、身勝手な行動を始めても、それを各メンバーが正のフィードバックをするか?というと、しない。そう、「ゆらぎ」とは、”自己触媒”と呼ばれる動きが欠かせないのだ。自己触媒とは、細胞でいうと、反応に加わっている分子で自己と同じ分子を作るために、自己自体を必要とするということである。これを会社組織でいうと、「ゆらぎ」が発生した時点で、その行為が”自己”なのか、”非自己”なのかを各メンバーが瞬時に判断し、”自己”だと思うと、それを増幅しようと、その行為を触媒としてさらなる”自己”を作ろうとするということだろう。つまり、”自己”だと思えば正のフィードバックをするし、”非自己”だと思えば、無視するか、攻撃するかということになる。

 

このようにして、会社組織は内部でゆらぎを増大し、自己触媒を醸し出し、動的で開放的な環境で、真の自己組織化という相転移(進化)を成し得るのであろう。物理学者、科学者のイリヤ・プリコジンは、自己組織化が起こる3つの条件を散逸構造理論にまとめた。この散逸構造理論がその後の「複雑系」研究の発展のもととなり、プリコジンは1977年にノーベル化学賞を受賞している。その散逸構造理論による自己組織化の3条件こそが、先から述べている3つであった。

 

「外部との開放性」
いわゆる「閉じたシステム」では自己組織化は起こらない。閉じたシステムではエントロピーが増大し、無秩序状態になってしまう。生物が良い例だが、生きている間は、外部から酸素や栄養を取り込み不要物を排出するなど外部とのやり取りを行い身体を維持している。しかし生命の営みが止まると外部とのやり取りも止まる。そうするとすぐに朽ち果てていくのだ。

 

「非均衡(動的)」
ゆらぎが生まれるためには非均衡が必要である。動的で開放的な環境でないと、ゆらぎが生まれない。静的な環境で閉じた環境ならば、ゆらぎが起きない。プログラマーのような仕事で、コーディングさえすればよいと言われている人は、静的で閉じた環境に近く、ゆらぎが起こりにくいが、営業のような開放的な環境であれば、あらゆる方位から刺激が入り、ゆらぎが発生しやすい環境なのである。

 

「正のフィードバック」
正のフィードバックとは、”自己”か”非自己”かを見分け、”自己”であれば、その行為を増幅するように皆が助長してくれるということであろう。おそるおそる手を挙げた人にポジティブなフィードバックを送って励まして、みんなで引き上げていく仕組み。活動が正当に評価され、認められる仕組み。手を挙げれば、誰かが続いてくれるという確信が、手を挙げやすくしていく。それが文化として定着していき、次々と手を挙げ、一歩踏み出す人が増えると閾値を超え、自己組織化が起こる。

 

 

これで、ティール組織へのプロセスが大まかにだが見てきた。上記の3つを満たす環境を設定してやれ

ば、自ずと自己組織化へ向かっていく。だが、自己組織化でまだよくわからないことが2つある。それは、「ゆらぎ」である行為が、どのレベルまでなら「ゆらぎ」なのであろうか?例えば、誰かが「給与をあげろ!」と叫んだとする。これは”自己”か”非自己”かというと、メンバーにすれば”自己”であろう。皆、給与は上がった方が良いに決まってる。しかし、”自己”という行為として認められたとしても、それに対して、正のフィードバックをするか?というと、しないだろう。そう、もはや「ゆらぎ」の域を超えた行為なのである。では、どこまでが「ゆらぎ」という行為なのか?その臨界点はどこなのか?がわからない。もう一つの不明点は、先から記載しているように、どうやって細胞が集合し、集合体が”生命体”に変わるのであろうか?命はいつ吹き込まれるのであろうか?ここがわからない。

 

◆まず1つ目の不明点であるが、相転移(進化)とゆらぎには比例関係があるということがポイントになる。なかでも、1/f ゆらぎと相転移(進化)にはより強固な相関関係があるということだ。それゆえ、要素のゆらぎが大きい方が相転移(進化)しやすいということであり、組織でいうと、各メンバーの性質が、均一で、似通ったメンバーであれば、ゆらぎが起こりにくく、いろんな性質のメンバーがいれば、ゆらぎが起きやすいということだろう。これは、感覚的には納得できる。”多様性”ということが動的な環境には必要であろうし、”多様性”がないと対応できないことも多いのであろう。

 

ただ、多様性が大きくても、感覚的には本当に纏まるのであろうか?という疑問であろう。纏まらないでバラバラになる、つまりカオスに陥るという事だろう。一方で、カオスに陥らずに、相転移(進化)するケースもある。それこそが、自己組織化ということなのであろう!

 

 

上図のとおり、最初はランダムな状態が発生し、そこから秩序に向かうのか、カオス辺縁に向かうのかに分かれるのであろう。ポイントはカオス辺縁であろう。つまり境界線。もうこれ以上の増幅は難しいというギリギリの境界線、つまりカオス辺縁に差し掛かった時に、カオス(解体)に向かうのか、相転移(進化)に向かうのかで、別れるのであろう。相転移(進化)なれば、そこには秩序(進化)が生まれて、また落ち着くのであろう。

 

簡単に言うと、波動レベル1の行為からみると、

・優しく接する

・ハグする

・ほめる

などが誰かから発動されたとしよう。それは、”自己”と見なされれば、組織の中でその行為は増幅されて、半数を超えたところで、皆が当たり前のように日常に取り入れるのである。これが、波動レベル1の自己組織化である。秩序(進化)が生まれて、波動レベル1の行為が当たり前になったということだ。

 

次に、また誰かが、波動レベル2の行為をしたとしよう。

・意見を人に合わせる

・声を掛け合う

・一緒に行く

などの行為だが、これがまた組織で”自己”と認められれば、増幅されていく。そして、約半数のメンバーにまで増幅されてくれば、もはや当たり前のように、組織内にその行為は広まる。これが、波動レベル2の自己組織化である。秩序(進化)が生まれて、波動レベル2の行為が当たり前になったということだ。

 

ここで、誰かが、波動レベル7の行為をしたとしよう。

チャネリングする

・神聖になる

・自分の全てを次世代へ伝承していく

突然、他の拠点にいるメンバーとチャネリングし情報交換を始めたり、今まで作り上げてきた組織のノウハウを外部に開放すると言い出したり、神聖な儀式をやりだしたり、するとどうだろう?”自己”として組織内に受け入れられるだろうか?一部のメンバーには受け入れられ、この数人で盛り上がって組織内に広めようと努力したとする。頑張って、良いことだから!と広めようとするも、やはり、組織内の全員には受け入れられずに、やがてカオス(解体)へと向かうのだ。これが、カオス(解体)へと向かう場合の話だ。

 

このように考えると、”ゆらぎ”という行為はどのような行為か?という質問に対しては、各組織の状態

や置かれた環境によって、またメンバーの性質によって異なるということであろう。ただ、1/f ゆらぎの特性を満たすような組織にする、つまりは、強い人から弱い人、波動レベルの高い人から波動レベルの低い人まで、多様な人が組織内にいること、こそが1/f ゆらぎを満たす条件なのであり、目指すべき組織の形ということになるのだ。

 

このような役割分担をし、各役割ごとに波動レベルがそれぞれ異なる!その役割をきちんとこなしてもらうことこそが、1/f ゆらぎを満たした組織ということになるのであろう。決して、波動レベル7に全員を合わせてしまうとかでは、1/f ゆらぎの組織にはならないということがよくわかったであろう!

 

まずはメンバーの構成としてのゆらぎが必要だ。同じような性質のメンバーを揃えていては、ゆらぎが発生しない。また、1/f ゆらぎを満たすようなちょうどよいバラけ具合にメンバーを揃えることができたとして、そこから各メンバーが実際に、上記のような1/f ゆらぎの行動をとり続けることが必要であるが、それができる環境にあるか、どうかがポイントになる。その環境とはどんな環境なのであろうか?

 

上図は振る舞いをコントロールする変数λを横軸に取り、縦軸に複雑さをとるとすると、コントロールが緩くなるほど、混沌が増していくのだが、ある地点を境にして、崩壊してしまうのか、それとも相転移して次のレベルに進化するのかの分かれ道が来る。その微妙な混沌具合が1/f ゆらぎというわけだ。組織を混乱に陥れるような行為なのか、ありきたりな行為なのか、その両方がちょうどよい具合に混じりあっているのか、というのが指標となる。波動レベル4の行動であれば、”規律を守る”というのがあるが、毎回同じように行動して、規律を守ってます!とやっててはマンネリ化してしまい、その行動を増幅しようと他のメンバーが追随してくれなくなる。

 

それが、毎回同じように行動するのではなく、少しズレた、つまり1/f ゆらぎ分だけズレた行動の場合、”1秒でも遅れたらダメ!”というガチガチの人は少数だがいて、”5分までなら遅れても許容範囲!”という緩めの人が大多数いたら、それはちょうど1/f ゆらぎ分だけバラけているので、マンネリ化せずに、追随されてゆくのだ。良い意味で、ガチガチの人と、少し緩めの人がちょうど良い具合に混じり合っているのがカオス辺縁で留まるポイントとなる!

 

1/f ゆらぎのちょうどよい混沌具合を維持していけば、やがて進化して次のステージである波動レベルの1つ上の段階へ組織は向かうことができるのだ。このようにして、波動レベル7の行動が組織内で、当たり前のように発動されれば、もうティール組織になったといえる。ただ、またそこからさらなる進化をするのか、もしくはそのままでいると、退化して、波動レベルはまた下がってしまうのだ。これを繰り返して、波動レベルを乱高下しながらも、なんとか、高い波動レベルを維持しようと、踏ん張ることこそが、ティール組織ということなのだ。

 

 

いかがであろうか。これで、おおよそのティール組織の概要が理解できた。あとは、どうやって生命体として、命を吹き込んでいくのかということである。組織をどうやったら生き物のようになるのかを、次回、みていきたい。