人生の前半戦である未成年の時期について②

先から、人生の後半戦についての目標設定を見てきた。人生の後半戦は、本質グループ⇒生涯レール⇒老年レールと、3段階に渡って方向性(性格)が変わっていくのであった。ここを理解していれば、若い頃は出来たのに何故できない?とか、こんな性格じゃなかったのにどうしたんだろう?とか、悩まずにすむのかもしれない。

 

では、人生の前半戦はどうなのであろうか?今回は、ここをもう少し見ていきたい。20才以上は大人として、人生の後半戦を歩んでいくことになるが、0~19才までの未成年の場合もまた、段階を踏んで性格が変わっていくのであった。そして、人生は発達段階毎に性格が変わっていくとも記載した。

このような人の人生の前半戦に注目してみよう。まず、発達段階第1~3段は”帝旺”、発達段階第4段は”胎”、発達段階第5段は”冠帯”、となっている。これらの関係性を見てみよう。

 

個性というのは、算命学では、十二運星にて表され、それぞれのキャラクタどおしもまた、相性があるのだった。相性が悪いと、次のキャラクタに乗りにくいということになる。これはレールの時と同じだ。相性が良いキャラクタには乗りやすく、相性が悪いキャラクタには乗りにくいということだ。

①隣どおし:友人の関係(少し距離をおいた友達の関係)⇒ ○ 良い関係(方合)

②1つ飛ばし:親友の関係(気を置かずに付き合える関係)⇒ ◎ とても良い関係(方合)

③2つ飛ばし:緊張と試練の関係(緊張と刺激を与え合う関係)⇒ △ やや悪い関係(刑)

④3つ飛ばし:調和と恵みの関係(バックアップしてくれる関係)⇒ ◎ とても良い関係(三合)

⑤4つ飛ばし:くされ縁の関係(運命的に出会う関係)⇒ × 悪い関係(冲)

⑥対面:学びの関係(仕事の際、お互いサポートの関係)⇒ × 悪い関係(破)

 

この関係性を当てはめてみると、

”帝旺”⇒ (学びの関係)”胎”⇒ (調和と恵みの関係)”冠帯”、という関係性となる。つまりは下図のようになる。

 

それゆえ、児童期(7~12才)の時期、小学校にての先生との接し方、仲間との関係性、などにとても苦労する可能性がある。帝旺とはある意味、虎のような性質であり、自分のテリトリー内で我が者顔をすることを好む強烈なキャラクタだ。一方、胎とはある意味、狼のような性質であり、孤独を愛し、独自路線をいくことに快感を覚える。

 

つまり、変わってるね、いつも一人でいるね、というような小学生になればむしろ”胎”という表面キャラクタに乗れる!ということになるのだが、それを学校の先生も、両親も、仲間も、許してくれず、過干渉され、良い子でいなさいと言われ、仲間と同じような態度を強要されるうちに、徐々に”胎”というキャラクタが閉じてしまい、もはや”胎”に乗ることは難しくなるという具合だ。

 

こうして、発達課題第4段:劣等感、なる課題が大人になっても残ってしまうということだ。仮に大人になっても劣等感が残ってしまっていた場合、これを解消するには、大人になってからでももう一度、”帝旺”に乗り、そこからジャンプして”胎”に乗るということをやっていかねばならない。つまり、まずは自分のテリトリーを創ることからはじめ、そのテリトリー内では我が者顔で威風堂々と振る舞うことを快感と思うことから始め、”帝旺”の意志キャラクタに乗ることだ。そして次に、会社や仲間うちでは、変わってるね、いつも一人でいるね、と言われることを快感に思えるようになるまで、徹底的に独自路線を貫くことだ。独自路線で成功し、自分の中で定着していけば、ようやく劣等感が解消されていき、”胎”という表面キャラクタに乗れるという具合だ。

 

 

いかがであろうか。これが、人生の前半戦である未成年の時期の発達課題をクリアする方法だ。より具体的なイメージが出来たのではないだろうか。もう一人の事例を見れば、より、わかりやすいかもしれないので、見てみよう。

このような人の人生の前半戦に注目してみよう。まず、発達段階第1~3段は”冠帯”、発達段階第4段は”衰”、発達段階第5段は”胎”、となっている。これらの関係性を見てみよう。

 

”冠帯”⇒ (緊張と試練の関係)”衰”⇒ (くされ縁の関係)”胎”、という関係性となる。つまりは下図のようになる。

それゆえ、児童期(7~12才)の時期、小学校にての先生との接し方、仲間との関係性、などにとても苦労する可能性がある。冠帯とはある意味、黒ひょうのような性質であり、プライドが高く格好つけを好むキャラクタだ。一方、衰とはある意味、狸のような性質であり、古風を愛し、温和でキレることなく、言い訳をよくするようなキャラクタだ。まったく違うことがわかるだろう。

 

つまり、古風で、昔ながらの方法や知恵を好み、良く見せようと言い訳を良くするというような小学生になればむしろ”衰”という表面キャラクタに乗れる!ということになるのだが、それを学校の先生も、両親も、仲間も、許してくれず、過干渉され、言い訳するな!と言われたり、仲間と新しいゲーム等で遊ぶ同じような態度を強要されるうちに、徐々に”衰”というキャラクタが閉じてしまい、もはや”衰”に乗ることは難しくなるという具合だ。

 

こうして、発達課題第4段:劣等感、なる課題が大人になっても残ってしまうということだ。仮に大人になっても劣等感が残ってしまっていた場合、これを解消するには、大人になってからでももう一度、”冠帯”に乗り、そこからジャンプして”衰”に乗るということをやっていかねばならない。つまり、まずは自分のプライドを高く持ち、美品やきれいなアイテムで身を固め、お洒落に気を遣うことだ。それを快感と思うことから始め、”冠帯”の意志キャラクタに乗ることだ。そして次に、会社や仲間うちでは、古風だね、おばあちゃんなみの豆知識だね、温和だね、と言われることを快感に思えるようになるまで、徹底的に古風で昔ながらの路線を貫くことだ。昔ながらの路線で成功し、自分の中で定着していけば、ようやく劣等感が解消されていき、”衰”という表面キャラクタに乗れるという具合だ。決して、新しい物を追いかけている内は、劣等感は解消されないのだ!

 

こうして、”衰”の表面キャラクタに乗れてはじめて、今度は自我確立へと向かえるのである。そう、”胎”という本質キャラクタに乗りにいくのだ。これには、会社や家族に対して、変わってるね、いつも一人でいるね、と言われることを快感に思えるようになるまで、徹底的に独自路線を貫くことだ。独自路線で成功し、自分の中で定着していけば、ようやく自我が確立されていき、”胎”という本質キャラクタに乗れるという具合だ。

 

 

いかがであろうか。このように見ていけば、どうやって人生の前半戦である未成年の時期を過ごすかの重要性がわかるであろうし、仮に発達課題が大人になってもまだ残ってしまっていたとしても、どうやって解消していけば良いかのイメージができたであろう。是非、参考にしていただきたい。