第6次元:日本国という生命体の目標設定について②

先までは、第1~10次元における方向性について見てきた。今度は、具体的な目標設定にまで踏み込んでみたい。目標設定が出来れば、どうやって行動すれば良いか、メドが立つのであろうから。

 

なお、繰り返し記載するが、我々は1つの次元だけに意識を置いているようでは、上手く立ち回ることができない。常に4つも、5つも、多ければ10もの次元を同時に意識していくことで初めて、上手く立ち回ることが出来るのである。それゆえ、これから1つずつ、各次元での目標設定の立て方を記載していくので、実際にやってもらいたい。同時に意識していくことはとても難しいのだが、やっていくことで少しは慣れて出来るようになってくるのだから。今回も、第6次元:日本国の目標設定の続きを見ていきたい。

 

先に、日本国という生命体の目標設定において、課題を見いだし、そこに対して各部位が何が出来るのか?ということを見ていくべきだと記載した。その中で、自分が北陸代表だ!と仮に意識するのであれば、”地元愛”というのが一つのキーワードになることは間違いないのだろう。この”地元愛”なるものを無視して、この地域に産業を興そうとしても、難しいということが歴史から見ても分かる。このように、地域毎にキーワードは異なるのであり、それを束ねて日本国という生命体が出来上がっている。もし、この日本国が世界経済の意のままの方向性に進んでいるとしたら、各部位である地域や産業や経済や政治は何が出来るのであろうかを考える上で、しっかりと地域毎の歴史を知る必要があるということが課題であった。

 

このような課題を抱えたまま、今もなお、日本国という生命体は動き続けている。それゆえ、各部位は、どんな役割を果たしていけば、上記の課題を解決できるのかを真剣に考えていくのである。その際に、まずは、生命体モデルを決めなければならない。各部位を配属せねばならない。配属に際し、生命体モデルを用いて、各部位の役割を明確化していかねば、動きたくても動きようがないのだから。

このような12部位の生命体モデルとして日本国を捉えたとしよう。すると、東京都単独で脳の役割を担っているのが違和感はあるが、このモデルで安定した生命体として存在できそうだ。あくまで、自分が捉えるイメージでよい。生命体モデルを自分なりに構築して、自分なりに各部位の役割を担い、その役割に責任をもって行動を実行していく。これが目標設定の考え方なのであり、人と議論を重ねて生命体モデルをブラッシュアップしていけばよい。議論を重ねていく内に、徐々に、よりよいモデルへと進化していき、自分自身の役割も変化し、行動も変容していくことにもなるのだから。

 

自分自身が上記の12部位の生命体モデルで日本国を捉えたとしよう。すると、右足の役割は東北であったが、自分は右足の役割を担うぞ!と意識を高めて、何が出来るのかを考えていたとしよう。すると、震災からの復興で一気にスマートシティー化計画に則って、地域がIT化していくことで、日本国をIT化に導くぞ!と思うかもしれない。一方、自分は腸の役割である北陸の役割を担っているとした場合、昔から続く加賀藩の歴史を壊さず、地元密着の産業を独自に興していこうと思うかもしれない。しかし脳の役割である東京都は、世界経済の方向性から多大なる影響を受けて、その意のままに日本国を導こうとするのである。つまり、1%の支配者層の意のままに、コロナワクチンパスポートやテレワークの導入や種子法・種苗法の改正などを推し進めようとするのであろう。

 

このように、各部位を地域として捉えると、日本国という生命体は纏まりが無く、バラバラな方向性に向かうことになってしまうのであろう。そして東京都の一極集中となり、強大な権力のもと、他の地域は東京都の意のままに、否応なしに従っていくしか無いという構図になってしまう。これでは、決して生命体が躍動しない!問題は、東京都の一極集中で、何もかもが集まりすぎて強大な権力を持ちすぎていることなのであろうか。

 

いや、当研究会では、それは問題では無く、むしろ素晴らしい状態を形成していると考えている。日本は協力、団結により、力を発揮してきた国だ。それには人と人のつながりが重要であり、コロナ禍はそれを奪っていると言える。こんなにも人口密集した都市は他にはない。人口が密集すると、満員電車や人と人とのぶつかり合いや清掃、整理整頓、などのあらゆることが問題になってくるが、東京都はそれらをクリアし、密集状態を維持できているという意味で、こんな都市は世界の他にも類を見ないほど素晴らしいと言える。密集できるということは忍耐力、免疫力、協調性、親和力、謙虚さ、などが無いと出来ないことである。日本人はそれらの能力を兼ね備えているから出来るのだ!世界に誇ることであり、オリンピックでもそれを証明したのだ!

 

では、何が問題なのか?それは、機能・権力が集中していることであろう。東京は日本経済を牽引する機関車であり、国税収入の4割も稼ぐ“稼ぎ頭”である。もとより、国民の約1割の都民が他の道府県民より4倍も生産性が高く、国税の4割を稼いでいる訳ではない。大企業の本社本店の集まる東京が全国の支社支店、工場の稼ぎを税制上掻き集めているに過ぎない。中央集権的な税制がそう見せているだけだ。 ともかく、こうした「東京機関車論」は政財界に未だ根強く、識者には「東京一極集中が日本を救う」との論もある。この立場からすると、人口減少期の日本でも東京に頑張ってもらわないと困る、という論調につながり、小池都政の「国際金融都市構想」もその流れの中で位置付けられる。一方、東京一極集中はこの国のかたちを歪め、「諸悪の根源」だという見方もある。ヒトもカネも情報も東京が吸い上げ、残された地方は活力を失い、過疎化の末に消滅の危機に瀕する、という考え方だ。

 

国は表向き「東京一極集中」の抑制・是正を掲げるが、実際は集中への仕掛けを次々と進めている。実際、東京都心には幾つもの国家戦略特区が指定されており、民間の大規模プロジェクトも目白押しだ。都民だけで1000万人規模、東京圏民で2000~3000万人級の巨大な買い物市場を形成してきた。あらゆる商品、あらゆる品数が揃う。労働市場も一極集中的だ。東京で日本全体の大学生の4割が学び、就職時には若者の7割が東京に職を求める。多様な選択肢があり、魅力的な仕事が多く、自分を磨き挑戦できる職場があるからであろう。

 

・東京一極集中のデメリット

政治、行政、経済、情報など高次中枢機能の一極集中は過度であり、国の危機管理の側面から見ると歪んでいる。いざ首都直下地震が起こると首相官邸、各省庁、国会、裁判所などこの国の3権力が機能停止になり、東京はおろか日本全体が麻痺する恐れがある。しかも、その損害は数百兆円の大損害になる可能性がある。さらに、東京や首都圏で大停電が起きれば、近代日本で経験したことのない数千万人という規模で市民生活に甚大な被害が出る。住人は何日間も上下水、電気、ガス、通信回線のストップに混乱し、デマ情報などが流されれば、群集がパニックに陥る。

 

前例のない「老いる東京」問題も加わる。ここでいう「老いる」とは、人の高齢化だけでなく、インフラの老朽化を含む。東京を「豊かだ! 繁栄だ! 機関車だ!」と礼賛しているうちに影の部分が膨らみ、日本最大のリスクを負う状況になってきた。東京五輪パラリンピックが終わると東京大不況が発生するという予想が大方だ。経済低迷に加え、橋が落ちトンネルの壁が崩落し、古くなった首都高はあちこちでひび割れし、交通渋滞が慢性化する東京になる恐れが出てくるのだ。高齢化が加速し、インフラが維持できず、都市のスラム化も起こるかもしれない。

 

“東京は豊かだ”と政策的にも放置されてきた結果のツケが一気に噴き出す。老いる東京の解決コストは膨大で地方に配分してきた16兆円地方交付税の半分を東京に投入せざるを得なくなるのではないか。すると東京も地方も共倒れの事態になる。超肥満となり身動きのできなくなったマンモスは死ぬ。今の東京はそのように見える。これを筋肉質でスリムな能力の高い東京に変えていく構造改革が不可欠である。

 

そのためには、機能・権力を分散することが解決策であって、人が密集すること自体はむしろ良い状態なのだ。東京都がこれほど人口密度が高いことは良い状態なのであって、これまで奪って、地方に人を分散させたとしても解決策にはならないのだろう。人が集まることが強大なパワーを生むということに関しては、いろんなところで見られる現象だろう。例えば祭りもその1つだ。祭りは古から続く伝統行事であり、ここにヒントが隠されている。

 

・祭りの力

「祭」は、「肉+又+示」の3文字から成り立つ会意文字。左上の「月(にくづき)」は「肉」が変形したものである。右上の「又」は、「取」や「受」にもみられるように手を意味する。「示」は、「神にいけにえを供える台」から生じた象形で、「神」や「社」にある「しめすへん」と同じく宗教儀礼に関連する意味合いを含んでいる。「祭」という漢字は、「肉」を「神にいけにえを供える台」に「ささげる」という意味を表しているのだ。祭りは本来、神に供物をささげて祈り、慰霊を行う儀式、つまり祭祀であったことがわかる。

 

日本では、四季を通して多くの祭りが行われるが、季節によって異なる目的がある。古くから五穀の収穫を祝う風習があったといわれ、農耕の習慣が祭りに色濃く反映されているのが特徴である。春は、田植えの時期であり、はじまりの季節。「豊作祈願」が各地で行われ、「無病息災」が祈願される。夏は、台風や害虫などに成長した作物が損なわれないよう、かつては「風除け」や「虫送り」の祭りが催されたそうだ。また、京都などの都市部では夏に疫病が流行するため、「疫病退散」や「厄除け」の祭祀が行われた。祇園祭もそのひとつだ。七夕に由来をもつ祭りや、盂蘭盆会(うらぼんえ、お盆のこと)に関連した祖先を祀る行事も多くみられる。

 

秋の祭りは、収穫に対する「感謝祭」。伊勢神宮の「新嘗祭」に代表される祭祀が各地で催される。冬は、収穫を終えた農閑期の季節。田の神をねぎらい、新年を迎えるための「新春祝い」にまつわる祭りが行われる。秋から春は農耕の習慣と密接に結びつくことの多い祭りに対して、ひときわ賑々しく観光としても人気の高い日本の夏祭り。その背景には「厄除け」や「鎮魂」といった、人々の切なる願いや祈りがあるのだ。

 

 

祭りによって、人々の思いは一つになり、楽しい雰囲気が相まって団結力を生み出し、パワーがよぎるのであろう。そんな祭りが危機を迎えている。東京では2021年、江戸三大祭りのひとつとして隔年で開かれる神田祭神田明神千代田区外神田)が中止を決定したほか、前年は神輿をトラックの荷台に積んで街を走らせた三社祭浅草神社台東区浅草)は、台車に載せて各町会を回ることを決めるなど、苦肉の対応を迫られている。 2020年はオンラインでの盆踊りなどが開催されたが、一般社団法人マツリズム(文京区本郷)が行ったインターネット調査では、祭りはオンライン開催での代替が「できないと思う」と答えた人が85.0%。 さらに、コロナ禍で失われる恐れがある日本文化に「祭り」を挙げる人が最多となるなど、祭りを取り巻く深刻な状況が浮かび上がった。

 

コロナ禍は、人と人の繋がりを遮断させる。最もパワーを生み出すのは祭りであったり、人の集まりによる団結であったりするのだろう。その繋がりが遮断されると、日本国は弱体化していくと言える。今、日本国の最大の問題は、この人と人の繋がりが遮断されているということなのだろう。人の密集状態はむしろ良い状態なのであって、機能・権力が集中するのが良くないのである。

 

であれば、人は密集しつつも、機能・権力が分散する方法を考案すれば、それが大きな解決策になっていくのであろうと考える。

 

いかがであろうか。課題から目標設定に必要な道しるべを見いだす過程が上記だ。ここまで具体的にやるべきことを明確化していけば、自分が何をせねばならないのかが、見えてくるし、具体的な目標設定、行動計画へと落とし込めるという訳だ。