第9次元:地球という生命体の目標設定について⑤

先までは、第1~10次元における方向性について見てきた。今度は、具体的な目標設定にまで踏み込んでみたい。目標設定が出来れば、どうやって行動すれば良いか、メドが立つのであろうから。

 

なお、繰り返し記載するが、我々は1つの次元だけに意識を置いているようでは、上手く立ち回ることができない。常に4つも、5つも、多ければ10もの次元を同時に意識していくことで初めて、上手く立ち回ることが出来るのである。それゆえ、これから1つずつ、各次元での目標設定の立て方を記載していくので、実際にやってもらいたい。同時に意識していくことはとても難しいのだが、やっていくことで少しは慣れて出来るようになってくるのだから。

 

今回も、第9次元:地球の目標設定の続きを見ていきたい。先に、具体的な目標設定を行い、さらに小目標①を設定し、よりリアルにイメージできる目標を設定した。

・小目標①:世界中の人々と繋がっていき、神の子であること、目覚めることを説いていきつつも、自分が率先して神の子であるような行動を日々行っていくことなのであろう。その行動は、難しいことでは無い。神社にお参りに行き、仏式に葬式を営み、墓参りをし、霊前では手を合わせ、先祖や神に感謝する、この当たり前の行動を積み重ねていくだけなのだから。

 

小目標①を設定するに際し、今までの流れをまとめると、下記のようになる。

上記のような10部位の生命体モデルとして地球を捉えたとしよう。この地球という生命体の課題として、あまりにも人類だけが地球の他の各部位に比べて進化が圧倒的に早く、肥大化が進んでいることだ。このまま人類が、横暴で、好き放題行動していたならば、自分が山・森の担当者であれば、火山の噴火などにより、人類を削減したり、人類の数を減らしたりするかもしれない。自分が磁気の担当者であれば、磁気嵐などにより、人類の5G計画を止めたり、人類の衛生計画を止めたりするかもしれない。あまりにも横暴に行動しつづけている人類に、制裁をくらわせるかもしれない。さもなくば、地球という生命体の各部位と人類のバランスがとれないからだ。人類が肥大化し過ぎているからだ。

 

昔の人々は、地震や台風の被害にこっぴどく遭い、シャーマンなる職業の人まで登場し、自然の神様に祈りを捧げて、地震や台風を沈める役割を果たした。しかし、今の人類はもはやその必要も無いという。何せ、1%の支配者層は、地震や台風や大雨は人工的に操作することが可能になったのだから。

 

海底下のマントル付近までボーリング掘削を行なえれば、その穴から周囲の海水が高圧で流れ込み、圧力注入された水が周りの金属と反応して原子状水素ガスが発生し、水素核融合で人工地震の発生に繋がる。これを日本近海で可能にするのが、日本のJAMSTEC海洋研究開発機構)が運用する「深部掘削探査船ちきゅう号」という船で、マントルや巨大地震発生域への大深度掘削を可能にする世界初のライザー式科学掘削船である。さらに、「HAARP」と呼ばれる電磁波兵器のマイクロ波をそこに照射すると、水分子が振動し摩擦熱で水分子が熱せられ、水素の状態を臨界状態にでき、それによって巨大地震にすることが出来る。(参照:リンク)これらを使えば、人工地震が起こせるということだ。

 

これらの課題を解消するためには、残りの99%の人々が目覚め、諦めずに情報処理を続ける事だ。膨大な情報があり、脳の処理は追いつかないのは他の人も同じなのだから、諦めないことが重要なのだ。途切れ途切れでもいい。どんな角度からの情報でもいい。諦めずに、情報処理を続けることが、人類の目覚めとなり、人類の暴挙を止めることになるのだろうから。

 

そろそろ、目覚める時が来た、と思っている。コロナショックから、これから経済的にも打撃が来るのだろうけど、我々は今度こそ、その危機を手を取り合って乗り越えて、自分の人生を見つめ直し、新たなステージへ進むのだと思う。選民思想ではない。でも、誤解を恐れず言われてもらうと、ここは「神国日本」だ。今こそ、かつての日本人のように「神(天)」を信じ、敬う気持ち。そして、「祈り」が必要だと思う。祈りは、医学的にも効用が実証されている。

 

しかし、これではまだ足りない。ここでさらに、我々の祖父世代までで為し得れなかったものを、目醒めさせたい。それが「神の意識」だ。神社に行くと、正面に鏡がある。それこそ答え。つまり、手を合わせているのは、向こうにいる神様ではなく、自分自身だということ。それこそが、神道の奥義でもあるし、あらゆる世界中の古いエソテリック(神秘家)達が知る叡智。自身の内側に神性がある。そこに目醒めるのだ。自分に誇りを。国に誇りを。自分を知ろう。歴史を知ろう。本当のことを、知ろう。もう、嘘はいらない。嘘のない時代を生きるために、まずは自分があらゆる嘘をやめよう。自分が正直になればなるほど、世界の「本当」が、より見えてくる。一人一人が自立し、その上で、手を取り合って生きる時代。「私」から「私たち」へ。これから、そんな時代が、現れようとしている。

 

そこで重要なのが繋がっていくということ!我々99%の人々ができることは、神の子として目覚め、天皇を中心として日本国民として繋がっていくことであろう。天皇家の祖神である太陽神・天照大神をはじめとする自然神を、日本人は民間信仰として広く受け入れ、神々を祭るために神社を各地に建立した。これが神道である。日本人は農耕民族であるため、自然によって生かされているという意識を強く持ち、自然を神として畏敬し、崇めた。そして、これらの自然神を祭る存在が天皇であり、天皇を中核として神道による自然信仰が普及したのである。キリスト教イスラム教などの万物の創造主たる絶対神を崇拝する一神教と異なり、神道はさまざまな自然の神を崇拝する多神教だ。緩やかにつながる神々と人間との間の仲介者として天皇が存在するのである。

 

第2次大戦後、GHQが、天皇を神とすることは許さないとして、天皇に通称「人間宣言」と呼ばれる詔書を発布するように主導した。どれだけの人が天皇を神と思っていたかは疑問の残るところでもあり、また、昭和天皇自身も自らを神だと言ったことはないが、GHQが「天皇が神であることが元凶」と判断し、それを否定するように昭和天皇に要望し、昭和天皇はそんなことを主張したこともないとして受け入れた(なお「人間宣言」という通称は報道側が命名したものにすぎない)。

 

この詔書で、天皇は自らが神話の神の子孫であることを否定したわけではない。儀式や祭事を行う神道も否定したわけでもない。つまり、古来、天皇と日本人が形成してきた穏やかな縁絆は何ひとつ変わることはなかった。天皇神道の存在は誰かがそれを教条主義的に強制したものではなく、日本の豊かな自然の中で、長い年月をかけて人々の心や社会に浸潤してきた。この包容力のある大らかで力強い伝統と慣習の累積の延長上に、令和という日本の現在があるのだ。

 

 

神道について 以下、こちらより抜粋

かつて我が国には自然を愛で神を崇拝し生活の数々の場面でその恵みに感謝する風習があった。その様な風習のなかからおのずと生まれた信仰が「神道」である。人々は山や巨岩、大木を神の座と崇め周囲の森を"神聖なる場所"とした。やがてそれが神社になったのである。人々は神社に集い人と人との繋がりが営まれた。神社はまさしくコミュニケーションの場だったのである。氏神様、また遠方の神社に行かれ神様のご神徳を授かったならば、古くから伝わる日本の風習、神社や神道を大切にされる気持ちが生まれてくる事と思う。

 

・元旦の朝にはお屠蘇を飲む

元旦の朝は、お屠蘇を神様に捧げて「一人これを飲めば一家疾なく、一家でこれを飲めば一里なし」と唱えて年少の者から順番に東を向いて飲んでいくのが習慣であった。お屠蘇は6種類の生薬からできており、体を温め、消化機能を整える作用がある。正月に飲むという事は、寒い季節にかかりやすい病気を防ぐ効果もある。お屠蘇というものは、古代中国、漢の武帝の時代に華佗(かだ)という医者が発明したもので、日本には嵯峨天皇の時代に伝わった。最初は宮中で飲まれていたが、次第に民衆に広がったようである。

 

・門松

神道の昔からの風習で、"歳神様"を正月に家に迎えるための目印として家の門にたてられていた。材料は松・竹・梅というめでたい植物を使用している。今でこそ華やかに飾られた門松を目にするが、昔は根のある松の木を門の前に植えていたそうだ。12月26~28日に飾りだし、1月6~7日にしまうのが 一般的だ。

 

破魔弓と羽子板

赤ちゃんが生まれて初めて迎える正月を『初正月』と言う。古くからこの初正月を祝って祖父母、隣近所、友人等が赤ちゃんに贈り物をする風習があった。男児には破魔弓、女児には羽子板を送る。もらった家は、赤ちゃんの魔除けとして、または健やかに育ってほしいという願いをこめて飾ったのだ。

 

・節 分

本来は季節の変わり目を表し、年4回あったが、現在は春の節分(2/3)が残るだけとなった。豆をまく習慣にまつわる話として、『昔々ある山奥に鬼が住んでおり、ふもとの村人に恐れられていた。この鬼が村へやってきた時、村人たちはたくさんの炒った豆を鬼に投げつけ、その目をつぶし追い払ったそうだ。』 これが「豆まき」の始まりと言われている。「鬼は外」の「鬼」は、冬の寒さや病気、災難などを表し、悪事を追い払って新たな気持ちで春を迎えるという意味がこめられている。

 

七草粥

1月7日は『七草粥』を食べて無病息災を祈願する日である。江戸時代には『人日』と言って、五節供のひとつになっていった。この時期は、お正月にお餅を食べるなどして青菜の不足しがちな時期でもあり、それを補おうとした古人の優れた知恵と言える。(春の七草:セリ・ナズナゴギョウハコベラホトケノザスズナスズシロ

 

・四季と祭り

四季のある日本では、昔からその季節に合った祭りが営まれてきた。年の初めから春にかけては、その年の幸いを祈る祭りが行なわれる。田植えの頃になると、豊作を祈願し、神田に苗を植える行事を中心とした御田植祭が各地で行なわれ、秋にはその稔りを神に感謝する収穫祭が行なわれる。農耕民族の日本人にとって、春・秋祭は太古の昔から大切にされてきた。これに比べ、「夏祭」というものは歴史が浅く、中世以降、都市の発展に伴なって疫病を防ぐことを目的とした祭りが農村の水の祭りと結びついて行われる様になったが、華やかな祭りが多く見られる。冬は神楽の季節だ。"神楽"とは、舞踊を伴なう鎮魂の事で、古くには「神遊び」とも言われていた。

 

端午の節句と菖蒲

昔、日本には端午の節句(5月5日)に、菖蒲湯に入る風習があった。旧暦のこの季節は梅雨が始まる時期で、昔は湿気のためなのか、色々な病気が発生しやすい時期だったと言われている。そこで、病気にかからないように菖蒲湯につかった。菖蒲には、体を温める作用があり、体内の異常な水分を正常に戻す働きがある。その効果が"魔除けの植物"として、庶民に浸透したのである。

 

・月を愛でる

昔、我が国日本には“お月見”という風習があった。陰暦の8月15日(現在の9月中旬)には、縁側に酒徳利、団子などを供え、お月見を楽しんだ。さらに平安時代にまでさかのぼると、「中秋の名月」といい、芋を供える風習だったのである。そこから「芋名月」とも呼ばれていた。ちょうど農作物の収穫の時期であり、農耕の神様への感謝の気持ちを表す信心深い行事である。

 

・厄年は子供にもふりかかる

厄年というものは、個人にとって忌み慎むべき厄難のある大切な年だが、その人の子供にもふりかかるといういわれがあった。厄年の親から生まれた子供は、親の厄を引きずらないようにと一度捨て子にし、親戚の誰かに拾ってもらって改めて“養子縁組”をするという風習があった。 更にはその子供の名前に「捨」という字を含めるという事もされていたそうだ。

 

・箸の使用

日本人が食事に箸を使い始めたのは、正確な記録はないが奈良時代と言われ、古事記には “神代から使っていた”との記録もある。現在でも「手食」の習慣が世界的に多いのに対し、食物を手でつかむ事を嫌い、箸を神聖視してきた日本は、古来の独特な習俗・食生活から形成された文化をもつ国である。その昔多くの参拝者で賑わっていた神宮のおひざもと・伊勢の宿では、参拝に来た人々に神宮の御神木で作った箸をさしあげ、それで食事して頂いていたそうである。

 

◆人生儀礼
・着帯の祝い
赤ちゃんが健康で無事に生まれる様に、安産を祈願して母親が妊娠5ヶ月の戌の日に岩田帯という帯をしめる。
・出産祝い
赤ちゃんが無事誕生した事を神様に感謝し、赤飯などを作ってお供えし、健康に成長する事を祈願する。
お七夜の祝い
赤ちゃんの名前は、誕生後7日目のお七夜につけるのが習わしである。命名書を神棚などに掲げて神様に報告し、無事な成長を確認する。
・初宮詣り
男児は生後31日目に、女児は33日目に祝い着を着せて神社に参拝し、家族揃って幼児の成長御加護を祈願する。
・お喰い初め
生後100~120日目に米飯や鯛等の祝膳をそろえ、幼児に食事をさせる儀式である。「箸初め」とも 言われる。
・初節句の祝い
男児は5月5日、女児は3月3日に祝う生後初めての節句である。男児は兜、武者人形や鯉のぼりで力強い門出を祝い、女児はお雛様や桃の花を飾って美しく健やかな生育を祈る。
・七五三詣り
11月15日に3歳の男女児、5歳の男児、7歳の女児が身を清め晴れ着をまとい、親子そろって神社に参拝し、健やかな成長を神様に感謝する。
・成人の祝い
男女とも、満20歳になる年の1月15日に新成人として国や社会に貢献する事を報告祈願する。昔は、男子は加冠(かかん)、女子は着裳(ちゃくも)の儀を行っていた。
・結婚式
人と人が出会い縁をむすぶ結婚も神さまのお力であると考えられてきた。古来の結婚の儀は自宅の床の間にお祀りされた神さまの前で神酒の盃を交わす形で行われたが、明治以降は神社での神前結婚式が行われるようになった。
・結婚記念の祝い
夫婦が健康で仲良く過ごせた事を神さまに感謝し、二人が結ばれた記念日をお祝いする。主に錫婚式(満10年)、銅婚式(満15年)、銀婚式(満25年)、金婚式(満50年)がある。
・厄祓い
厄年とは、あらゆる災難が身にふりかかりやすい年を指し、厄年を迎えた人は、神様のご加護を頂いて、災難から逃れられる様に「厄祓」をする。
・齡祝い
長寿を一家揃ってお祝いする風習である。還暦(61歳)・古稀(70歳)・喜寿(77歳)・傘寿(80歳)・ 半寿(81歳)・米寿(88歳)卒寿(90歳)・白寿(99歳)・上寿(100歳)・茶寿(108歳)・皇寿(111歳)
 
 
日本には、こんなにもたくさんの古き良き風習がある。これらの風習が途絶えてはならないのだから、我々がしっかりと引き継ぎ、後世に伝えていかねばならないのだろう。地方ではこれらの風習はまだ多く残っているのであろうが、都市部ではほとんどが途絶えてしまっているのかもしれない。繰り返し記載するが、人類の暴挙を止めるためには、神の子として目覚め、広く繋がっていくことである。日本国民である我々は「神道」という精神的繋がりで何千年も繋がってきた。この繋がりが近年薄れて来ているということだ。
 
そこで、我々がやらねばならないのは、今一度、「神道」なるものを学び、理解し、神に感謝しつつも、自身でも行動していき、人々と繋がっていくことが求められるのであろう。これが小目標①なのだろう!決して難しいことではない。日々やっていた風習を今一度取り戻すだけだ。それらの風習にはきちんと意味があったのだが、行為だけみると、若者はちんぷんかんぷんかもしれないので、きちんと意味まで伝えてあげると、理解できるのかもしれない。このように我々が日々行動するだけで、人類の暴挙が止められるのであれば、ぜひやっていこうではないか。これからもずっとやり続けて行こうではないか!