第6次元:日本国の方向性とは④

先に組織のバランスについて記載した。いかにバランス感覚が重要かが理解できたと思う。ぜひやってもらいたい。さらに、もう1つ組織のバランスで付け加えるとしたら、以前から記載している第1次元~第10次元までの視野をバランス良く持つことであろう。何せ、第1次元~第10次元までの生命体の維持・運営の仕組みを参考にすれば、第3次元:ティール組織という生命体の維持・運営の方法が全然違って見えてくるのだから!

 

ということで、今回も第6次元:日本国という生命体について見ていくことにする。日本国という生命体が、今後どのような方向性に進んでいくのであろうか、それを見ていきたい。

 

9運の時代

先回では、2024年から天の運が第八運から第九運へと変わると申し上げた。運が変わっていくとはいえ、ある日突然ガラリとエネルギーが変わるのではなく徐々に変化していく。風水では、180年周期で天の運を龍が巡ると言われている。この180年を9つに分けたのが三元九運だ。その中で、今私たちが歩んでいるのは第八運(後天:2004年 – 2023年)である。そして、その後に第九運(後天:2024年 – 2043年)がやってくる。

第八運は易経の世界では艮(うしとら)と呼ばれ、五行では土に属し、動じない山を意味する。止まる、という事象があり、安定する、という意味も持ち合わせている。人々は土のエネルギーの影響を受け、「動じない」とか「落ち着いて行動する」という事象がある。この時期にはもちろん何かが変化する、ということはあるが、他の運と比較すれば世の中は比較的安定し、なんだかんだあっても、最終的なところでは平和を維持することができる。

しかしながら、第九運に入るとそうはいかない。第九運は離(り)と呼ばれ、五行では火に属し、太陽のように熱を帯びて輝く火を意味し、火のように情熱があり、知恵にあふれ麗わしいという性質がある。人々は火のエネルギーの影響を受け、「はっきりと物を言う」とか「行動が早くなる」「衝動的になる」と言う事象に変わる。このことが普段の私たちの暮らしやビジネス上での行動、国と国との外交でどのように影響していくかは、賢明な皆さんであれば想像できるだろう。

 

そして、第九運はミドルの女性の時代である。シニアな女性でく若い女の子でもなく、ミドルの女性が時代を引っ張ることになるだろう。注目されるのもミドルの女性であれば、大いに活躍するのもミドルの女性。しかも、文学や芸術、法律、美容、ファッションなどの業界に関わりがあったり、そこで生き生きと活躍している人々が注目されることだろう。文学や精神学、易経や陰陽五行、スピリチュアル、などが台頭していくのかもしれない。

 

では、180年前はどうだったか?180年サイクルで世の中が動いているのであるから、180年前の9運を見てみよう。こちらの年表を参照

1823年-1843年(8運の時代)

1844年-1863年(9運の時代)

1853年7月、アメリカ海軍のペリー提督が軍艦(黒船とよばれる)4隻を率いて浦賀に来航した。ペリーは大統領の親書を幕府側に手渡すと、琉球へと移動した。そして翌1854年2月に再度、軍艦9隻を率いて横浜沖に迫り、日本に開国を求めた。幕府は蒸気機関を積んだ軍艦(いわゆる黒船)という世界でも最新の技術を見せつけられ、ペリーの巧みな交渉術とつよい態度に圧倒され、日米和親条約に調印している。この条約により、下田と函館の二港を開港することになる。また、1853年に大船建造の禁止が解かれ、1855年には長崎に海軍伝習所が設立されるなど、遅まきながら、日本は海軍建設をいそぐこととなる。

 

1858(安政5)年にはじまる、江戸幕府大老井伊直弼)による尊王攘夷派に対する厳しい弾圧をさす。弾圧の対象は水戸藩関係者が多く、徳川斉昭徳川慶篤一橋慶喜などは自邸での謹慎処分を受けてしまう。また、鵜飼吉左衛門吉田松陰頼三樹三郎橋本左内らは打ち首されるなど死刑に処せられた。それには、朝廷と幕府の摩擦が遠因としてあった。1つは日米修好通商条約を勅許なく調印してしまったこと。もう1つは将軍後継問題で一橋慶喜が期待されていたところ、大老に就任した井伊直弼紀州徳川慶福を後継指名してしまったことである。これに対し、朝廷は水戸藩に攘夷を命じる「戊午の密勅」を下しますが、幕府の知るところとなり、厳しい弾圧へとつながった。

 

王政復古の大号令の直後、開催された小御所会議において、徳川慶喜は招集されず徳川家の辞官納地が議題となった。結果的に、徳川家200万石を返上することが決定するが、徳川方も新体制確立までの政治執行権を盾に諸外国との折衝や朝廷工作を重ね、新政府への参画をもくろむ。これに対し、薩長勢力は、徳川への挑発行為(庄内藩士の屯所への発砲など)を重ね、ついに幕府の命により江戸薩摩藩邸が焼き討ちされるという事態に至った。結果、どうなったかというと、各地の戦いに勝利した明治新政府が旧幕府勢力を退け、日本国内を統一するとともに、日本を統治する政権であると国際的な承認を受けた。

 

 

このように、9運の時代は180年前は、王政復古の大号令が起こったのも、幕府という男性主導社会から女性主導社会へと転換するための第一歩だったのだろう。江戸時代は、教育論を語る書物の中で、平然と「子どもが産めない女性は悪い」などと書き、それが評価されたことを考えると、やはり当時は「女性蔑視」の意識が社会全体に根付いていたと考えられる。そして明治以降での女性解放運動へと続いていくのであるから、幕末の9運の時代に、男尊女卑に異を唱える動きもあったのかもしれない。

 

いずれにしても、令和の9運の時代はどのようになるのだろうか。180年前と同様に、女性が台頭していくことは間違いないのだろう。ピラミッド型の指揮命令系統で、男性主導の会社は、淘汰されていくのかもしれない。ティール組織への移行が加速し、女性がハッキリとモノを言う時代になっていくのではないだろうか。