相手を動かす方法(波動レベル9)

先に、相手(複数)を動かす方法について記載した。今回は、相手(個人もしくは個別の部署)を動かす方法(波動レベル9)について記載したい。

 

相手が個人もしくは個別の部署の場合は、テンポ良く語るというよりは、傾聴し、相手のやる気を引き出すことが主眼となる。語りは少なく、語り:傾聴の割合は、2:8の割合程度であろう。先の相手が複数の場合は、語り:傾聴の割合が、8:2の割合程度であったことを考えると、全く違うということがわかるだろう。その違いを認識しながら、しっかりと対処していかねばならないのだ。

 

・発達課題第9段:老年的超越

次は発達課題第9段を見ていく。この第9段:老年的超越の課題がクリア出来ていないと、死の恐怖に襲われる。生きたいと思わなくなる。通常出来たことができなくなり、身体も重く、心も重く、出かけることさえ億劫になる。何もかもが嫌になり、死んだ方がマシと思えてしまう。詳細はこちらを参照ねがう。

 

超老年期は、おおむね85才以降の人生であり、このころにまだ仕事をしている人は一握りかもしれない。しかし、今後の社会では、人生100年ということを考えると、85才でもまだまだ現役であるハズなのだ。もしあなたがこの超老年期の日々迫り来る失調要素を受け入れることが出来ているのならば、老年的超越性に向かう道への前進に成功しているのかもしれない。生への願望やさらなる恵みや光となるものへの希望に満ちているのならば、あなたは生きる理由を持っている。

 

英知、優れた知恵や深い知性、「死そのものに向きあう中での、生そのものに対する聡明かつ超然とした関心」、それらには、見ること聴くことが不可欠である。さらに統合には触れるという要素が必要だ。しかし、老人は、良好な視力も鋭敏な聴覚も持ってないのが普通である。そこで出てくる失調要素である、「絶望」。この「絶望」も、第8段と第9段では、その意味が違ってくる。第8段は、今までの人生が受け入れられるかどうか、その際、後悔があまりにも勝つと絶望してしまう。しかしこれが第9段になると、もう回想している余裕も無く、実際の問題に追われる日々となる。能力の喪失や崩壊が、関心の全てとなってくる。「贅沢な回想など、してはいられなくなる」という状態だ。

 

少しでも諦めや絶望に関心を払ってしまうと、もう老年的超越性に向かう道は閉ざされてしまう。1日1日が生きるか死ぬかの戦いとなるのだ。来る日も来る日も、生への願望を絶やさず、恵みや光となるものへの希望に満ちている状態でいる必要がある。いかに難しいかがわかるだろう。

 

かのデイヴィッド・ロックフェラーは101才で2017年3月20日にこの世を去った。徹底して健康には気を配り、食べ物は自分の畑で取れた野菜しか食べず、食事には徹底的に気を遣った。死ぬ直前まで現役であり続け、100才でもまだしっかりと世界を統治しており、インタビューにも答えている。こちらを参照。

 

執念と言えるまでのあくなき生への願望。それが日々迫り来る失調要素をも超越し、100才を越えてもまだなお、現役であり続けた真相なのであろう。悪事の数々はさておき、良い意味で、第9段:老年的超越を成し得た事例となるのかもしれない。これほどのエネルギーを肉体に込められたのも、やはり食事の影響は大きいのだろう。添加物や肉はいっさい摂取せず、完全オーガニック食材を自宅で育て、それを日々食していたほどの徹底した拘りが、エネルギーを生み出したのかもしれない。

 

今の日本国は、添加物にまみれ、遺伝子組み換え食物にまみれ、とてもエネルギーが湧くような食材ではないものが出回っている。これも支配者層のもくろみなのであろうが。それゆえ、普通に食事をしていては、とてもこの第9段:老年的超越の課題をクリアすることは難しいと言うことだ。自分の畑でとれた野菜や果物を食べて、昔ながらのぬか漬けや味噌をたべて、ようやくエネルギーが湧いてくるのであろう。それが日々迫り来る、能力の喪失や崩壊への対処法であることをデイヴィッド・ロックフェラーから教えられているのだ。


このように 「超老年期」 には、余裕など全くなくなるほど、日々が戦いとなる。1日1日を必死で生きていくだけとなる。世の中のために、社会のために、恵みとなり、光となるという願望が強烈であればあるほど、老年的超越の課題はクリアに近づくのであろう。簡単では無い。仮にこのような100才を越えるような人が多数出てくる世の中になった際、会社はどのように関わっていくのであろうか?作業をすることはもはや難しい。出来ることは、影響力を行使することのみであろう。

 

そのため、老年期(65~84才)までに、いかに自分のコミュニティを形成し、影響力を保ち続けるかがポイントになるのであろう。会社ではない、外のコミュニティと会社が関わり合って、会社への業績を支えてくれる、そんなコミュニティが幾つも誕生するということだ。現代の社会では、このようなコミュニティは権力者だった人が、引退後もその権力を行使するために設立する財団のようなものが多い。しかし、今後の社会は、一般人であっても、権力がなくても、その影響力を行使できるようなコミュニティが誕生していくということだ。それは”愛”を中心としたコミュニティなのだろう。

 

かのマザーテレサは、「神の愛の宣教者会」の創立者。多くの影響力を行使し、世界に”愛”を広めていった。決して”お金”を稼ぐような権力者ではなかったが、”愛”のエネルギーが強烈に強かった。この強いエネルギーを行使してのコミュニティであった。このようなコミュニティが、今後は増えていき、それが若い世代が経営する会社と関わり合いを持ち、影響力を行使していくという具合になるのだろう。これが第9段:老年的超越の課題をクリアするということだ。

 

 

いかがであろうか。発達課題第9段:老年的超越の課題をいかにクリアするか、という話であった。決して簡単ではないが、人類の最後の課題とも呼ばれているこの老年的超越の課題をクリアした暁には、波動レベル10という”さとり”に近づくのであった。