相手を動かす方法(波動レベル8)

先に、相手(複数)を動かす方法について記載した。今回は、相手(個人もしくは個別の部署)を動かす方法(波動レベル8)について記載したい。

 

相手が個人もしくは個別の部署の場合は、テンポ良く語るというよりは、傾聴し、相手のやる気を引き出すことが主眼となる。語りは少なく、語り:傾聴の割合は、2:8の割合程度であろう。先の相手が複数の場合は、語り:傾聴の割合が、8:2の割合程度であったことを考えると、全く違うということがわかるだろう。その違いを認識しながら、しっかりと対処していかねばならないのだ。

 

・発達課題第8段:統合性

次は発達課題第8段を見ていく。この第8段:統合性の課題がクリア出来ていないと、絶望の波に襲われる。死というものを受け入れることができなくなる。常に死の恐怖に怯え、何も人生で成し得なかったと後悔の連続となり、迫り来る老化現象に、日々絶望していく。仕事においても、家庭においても、個人においても、十分やってきた!という感覚が持てず、いったい何をしてきたのだろう?と後悔と悲しみと絶望に打ちひしがれることになる。詳細はこちらを参照ねがう。

 

老年期は、家庭の面では子育てが完了したり、仕事も面では定年後再雇用されたりと、それぞれに人生を経てきた中でいよいよ役割の方向転換を迫られる時期になる。この時期に重要となるのは、“自分の人生の聞き手との出会い” 。この時期には、これまで歩んできた人生の振り返りの時期でもあり、人生を自らの納得に基づいて歩んでこれたかどうか? を見つめ直す時期でもある。人生を歩んできた過程の中では、良いことや悪いこともあるだろうし、上手くいった事、上手くいかなかった事もあるだろう。そして、成功したこと、失敗したこと・・・等々、その全ての人生を受け入れていく時期になる。良いことや悪いことも全て、自己を形成してゆくが為の人生として受け入れられたなら、統合性、つまりは“自己を肯定できる心” を育ませてゆく事になる。

また、統合性を受け入れてゆくが為の過程においては、これまで獲得してきたそれぞれの段階における 「同一化」 がいかに獲得されてきたか? との度合いによって、自らの心で納得できうるものになるかの分かれ道になる。そしていよいよこの時期になると、 “死” と言うものの受け入れを始める時期に入っていく。今まで歩んでこれた人生を受け入れていく事が出来たなら、統合性のとれた状態が自らの死をも受け入れる心を育ませてゆ

しかし、自分の歩んできた人生に満足感や納得感が得られない場合には、 「統合性 < 絶望」 となり、自分の人生に納得できず、後悔しながら 「絶望感」 を強く心に抱いてしまう場合がある。その背景には、これまで自分の歩んできた人生全てにおいて ・・・ 「職業的な意義」「社会的な意義」「家庭的な役割」 や、もっとも 「個人的な意識」 全てにおいて、自分自信の納得感をもってそれぞれの段階においての 「課題」 を克服して来れたかどうか? によって大きく影響されるものとなり、それらが獲得出来ていない場合には、どうしても 「絶望的」 にならざる得ない部分がある。

 

そうして 「老年期」 を、老衰や衰退といった後悔の考えで受け入れてゆくのか? それとも、そういったすべてのマイナス要因を受け入れながら、プラスの考えで受け入れていくのか? と言うことは、まさに、発達段階の中での 「乳児期」 ~ 「中年期」 に至る課題をいかに克服して生きてこれたか?と言うことが大きく影響してゆく。

そして、それぞれの段階においての 「課題の克服」 は、いずれも “他者との関わり合い” を通じて 「自分」 と言うものの確立。つまりは、 “同一化” することによって “自分は自分である” 言った、一本の筋の通った “考え” や “価値観” をもって、どの程度なされてきたのかと言うことによって成熟された「英知」が導かれてゆく・・・。ただ、 「老年期」 の時期にこれまでの人生が、たとえ後悔に満ちた人生だったとしても、 「この世に生まれ、この世界に残してきたものがある」 ・・・そう思う心を感じられたなら、自らの人生を“肯定できる人生”へと心を育ませてゆくものなであり、そして、 「もう一度獲得できなかった部分を補いながら生きていけば大丈夫なんだ」 と、そう自分自身が思えたなら統合性を養い、内面的に満たされたものとなる。そして、人生の最終段階で、 「自我の統合性 > 絶望」 となっていれば、 「英知」 が導かれてゆくものなのだ。


このように 「老年期」 には、今まで残っている各段階の 「課題」を総じて解決する時期でもあり、そういったものと向き合うことで心が育まれ、いよいよ前世からやり残してきた自己実現の欲求が芽生え、次の段階に進むことができるのだ。

 

老人になっても第8段:統合性の課題が残ったままの人の場合、「絶望」の心を多くため込んでしまっており、寂しさ、空しさに耐えられない状態になっているのだ。だからこそ、仕事を辞め、お酒やギャンブル、趣味に走ることになる。人生60年の時代はこれで良かった。仕事を終えれば、後は余生を過ごすのみ!というのは一昔の話だ。今は、人生100年なのだ。どうやって100年も乗り切るつもりなのか?絶望の波をどうやって受け止めるつもりなのか?この第8段:統合性をクリアしない限り、100才を越えるのは難しいだろう。逆に、クリアすれば、100才の壁を突破してもまだなお、110才、120才と、人生を謳歌できるのだ。

 

しかし、社会はまだこの途中過程だ。まだ定年が70才という低い年齢だ。今後、さらなる議論が行われ、定年廃止や定年100才という会社が多く登場することだろう。その頃には擬態やアンドロイドが社会に広がっているため、老人でも擬態を装着すれば、十分歩けるという時代になっているだろう。ただ、いくら擬態を装着し、身体が動くからと言っても、精神が老化していては、会社に継続雇用されることはないだろう。いわゆる”老害”と呼ばれる症状になり、こり固まった思考により、自分が歩んできた経験を若者に押しつけ、偉そうに威張り、ミスを指摘したら怒り出すという、やっかいな症状だ。このような”老害”は決して第8段:統合性の課題をクリアすることはできないだろう。

 

仮に、上記に記載したように、まだ未解決の各段階の課題をクリアしようと尽力し、ほぼクリアし、さらに第8段:統合性の課題をクリアしようと尽力している人は、とても柔軟だ。若者にも挨拶するし、指示されても笑顔で従うし、教えを請うし、謙虚だ。それでいて、叡智は持ち合わせているので、随所に叡智を発揮して組織に貢献するし、人柄も温和なので、若者の中にも溶け込むことができるのだ。まずは、個人の側がここまで準備をしておく必要がある。その後は、会社側の判断で、どうやってこの老人を会社で継続雇用していくかは、それぞれの会社の判断となる。このような人を多く雇用していけば、社会的に評価され、注目され、会社は存続できるだろう。

 

じゃあ、どうすれば良いのか?どうすればこのような第8段:統合性をもクリアできる人に育成できるのか?疑問に思うだろう。結局、会社側ができることは何も無く、ただ、個人がクリアするのを待ち、クリアした個人のみを継続雇用するという方法にならざるを得ないと思う役員も多いだろう。「絶望」が過剰な人の場合は、趣味に明け暮れたい!と、定年を待たずに退職していくかも知れない。役員は、そんな人は、会社には不要だと思うだろう。新卒を雇った方がよほど使い勝手が良いと思うかもしれない。

 

秘訣は、「老年レールに乗る」を目指すことだ。先の第7段「レール」は、”月支元命”(別名:レール)と呼ばれる軸であったが、今度はさらに軸が変化し、”老年レール”と呼ばれる軸が現れる。これが最後の性格の転換となる。”木”なら自己中心的で、”火”なら感情的で、”土”なら慈悲深く、”金”なら狡猾で、”水”なら知的で、というようなレールがあって、自分軸、レール、老年レール、それぞれが全て違う性格になっている人もいるし、同じような性格になる人もいる。特に、全て違う性格になる人の場合は、成人期から中年期、さらには老年期にかけて、全く違う性格になっていくので、それを自分でも理解していないと、成人期、中年期と同じように考えていては、ズレていってしまうということだ。

 

もうひとつの秘訣は、「過去世を知る」ということだ。人間の一生は、今世だけではない。何百回、何千回という輪廻転生を魂はしており、その魂が肉体に入り込んでいるのであって、”自分”という精神を司っているのは実は”魂”なのだ。だから、魂の記憶として、過去世の記憶がだんだん蘇ってきて、本当に今世でやりたかったことが明確になってくるのがこの老年期というわけだ。前世という考え方を拒む人もいる。幸い、日本人は宗教的にも、受け入れやすい人種なのであろう。それゆえ、この「過去世を知る」ということが、本当にやりたかった欲求とは何なのか?ということを教えてくれるカギになるのだ。

 

だから役員は、算命学などの知識だけでなく、輪廻転生、過去世、魂、というようなスピリチュアル的な概念をも受け入れる必要がある。今までの社会では決して議論にすら上がらなかった概念だが、これからの時代は、このような概念を無視できないということだ。ティール組織、続・ティール組織への移行に際しても、このような魂という概念が頻繁に出てくる。愛という概念も出てくる。このように、今まで決して議論されてこなかったような概念が、新たに会社に入ってくるのを、拒むのか、受け入れるのかは、役員の度量しだいなのだろう。

 

 

いかがであろうか。まずは、発達課題第8段:統合性の課題を抱えた人に、いかに心を開かせるか、という話であった。決して会社にやれることは無いわけではない。会社も受け入れる土壌を作っていくという作業があるということだ。とても時間がかかる課題なのだ。個人と共に、会社も同様になって、「自分軸を知る」、「レールに乗る」、「老年レールに乗る」、「過去世を知る」を徹底的に学ぶことこそが、心を開く方法であった。