語り手側の視点について②

先から人間力をアップさせるには、について記載している。どうすれば相手に理解してもらえるか、人を動かすことができるのか、を具体的に実践している人ほど、魅力的な人であろう。そこには、語り手である自分と受け手である相手(複数)がいるのであり、どのように語るかによって、相手に理解してもらえる度合いはまったく異なるのであった。今回は、『人志松本のすべらない話』を研究対象として分析してみたい。

 

その前に、人としての在り方ももちろん重要なので、その在り方を端的に言葉にしたものをご紹介したい。それは、『人を豊かに出来ない人間が、裕福になれる訳がない。』という、鉄鋼王・アンドリュー・カーネギーの言葉である。

 

(1)相手を論理の動物だと思ってはならない。相手は感情の動物であり、しかも偏見に満ち、自尊心と虚栄心によって行動するということを、よく心得ておかねばならない。

 

(2)人を豊かに出来ない人間が裕福になれる訳がない。

(3)相手は間違っているかもしれないが、彼自身は自分が間違っているとは決して思っていない。だから、相手を非難しても始まらない。

(4)感謝の言葉をふりまきながら日々を過ごす。これが友を作り、人を動かす妙諦である。

(5)他人の短所を見れば憂うつになり、他人の長所を見れば人生が楽しくなる。

(6)一日を大切にせよ。その差が人生の差につながる。

(7)人生をより良くするためには、心の状態を前向きの状態にする事が先決。

(8)小さく砕いて、一つずつ解決すれば、解決できない問題はない。

(9)この道は一度しか通らない道。だから人の役に立つこと、人のためになることは今すぐやろう。先に延ばしたり忘れたりしないように。この道は二度と通れないのだから。

 

 

さて、『人志松本のすべらない話』の分析だが、こちらより抜粋する。すべらない話には、笑いを起こす人物が必ず登場している。それは、語り手本人である場合や語り手の家族であったり、語り手とは赤の他人である場合もあり多様である。織田正吉氏の著書『笑いとユーモア』より、笑いを起こす人物とは、何かの意味で正常、平均的でなく、欠陥や制約を持つ人であるとしている。また、笑いは、笑いを起こす人物と、笑いを起こす行動・状況という二つの要因によって起こる。二つは入り混じっている場合がほとんどであるが別個に独立していることもある。

 

笑いを起こす人物

笑いの対象となる人物は主に以下の五つに分類されるとしている。①知能的な欠陥 ②性格的、道徳的欠陥 ③言動の過失 ④職業・社会的地位の制約 ⑤肉体的欠陥 の5つである。以下はそれぞれの説明である。

①知能的な欠陥を持つ人物
子供、おろか者、酔っ払いなどがこれにあたる。子供は社会的な常識にとぼしく、思考が未熟であるため、物事をとりちがえたり、大人を困らせたり、表現が上手にできなかったりするので、笑いの世界の主役としてしばしば登場する。おろか者は東京落語に出てくる与太郎狂言の婿、大名など。普通の社会常識や知能に欠けた面があるためいろいろな失敗をする。酔っ払いは、普段は正常な人間であるが、酒に酔って、理性や体の正常な働きを失っているため、言動に失敗を犯す。一時的な急性のおろか者といえる。我々は機智にとんだ人も笑うが、機智を感じた瞬間、それを受け取る側が一時的におろかものの立場に立ってそれを笑う。

②性格的・道徳的欠陥を持つ人物
外見は正常であっても性格的、道徳的にマイナスの面を持つ人物が笑いを起こす。うかう・けち・欲張り・慌て者・物忘れ・放心・おしゃべり・臆病・好色・いたずら者・怠け者・不精・あさはか・うぬぼれ・頑固・自慢・強情・知ったかぶり・悠長・短気・嘘つき・厚顔・恥知らず・悪賢さ・盗癖・身勝手・卑怯・縁起かつぎ・性的倒錯・不作法・無教養・奇癖・その他欠陥となる性癖をさらけ出す人物。良い性格の場合でも、丁寧すぎる、正直すぎるなど過度になった場合もこれにあてはまる。常に変わらない

③言動の過失を犯す人物
知能、性格にも欠陥がない人物だが、いいまちがい・ひとちがい・とりちがえ・放屁など自分の意志に反して過失を犯す人物。椅子がこわれてしりもちをつく人や、その人が、いるとも知らずにうっかりと陰口をきく人など、もっとも広がりを持つ笑いを提供する人物である。しかけられたいたずらにひっかかる人やからかわれる人物もこれにあたる。

④職業・社会的地位に制約を持つ人物
大名・武士・僧侶・牧師・学者・医師・裁判官・警官など。威厳をもって体面をとりつくろわねばならない職業や社会的地位にある人は、一般の人なら笑いにならないような行動でも、すぐ笑いに結び付けられてしまうため、しばしば、笑いの場に登場させられることになる。

⑤肉体的欠陥を持つ人物
肥満・醜貌など外面的な欠陥を持つ人物。肉体的な欠陥を持つ人を笑うのも、性格に欠陥のある人を笑うのも、どちらも他人の欠陥を笑うという点から見れば同じ性質のものである。以前は現在のように、肉体的な欠陥を笑うのはいけないという社会的モラルがとぼしく、他人の欠陥は外面にあらわれたもの、そうでないものの区別なく一律に笑いの対象にしてきた。


笑いを起こす言動・状況
言葉・動作・状況などの要因について考えてみる。この要因には、①類似点の発見 ②思考や行動の突然の方向転換 ③思考や行動の不当な拡大 ④価値の下落 ⑤歪曲された思考や行動、の5つがある。以下がそれぞれの説明である。

①類似点の発見
もともと似ているはずのないものに、思いがけず共通点を見つけた時、笑いが起こる。
・音の類似…日本のなぞかけ
・くりかえし…音の繰り返しや動作の単純な繰り返しなど
・かたちやその他の類似…物まね、声帯模写など似ているはずのないものがよく似ていることがおかしい
・とりちがえ…よく似ているという現象に、うかつ、無知、粗忽など人物の要因が加わると起こる。


②思考や行動の突然の方向転換
人間の頭のはたらき、体のはたらきには、物理の法則でいう慣性と同じ動きをし、一定の方向に向かって進み続けようとする。その思考や行動が、突然、裏切られたり、方向を変えさせられるとき笑いが起こる。この中には、期待はずれ・逆転・弱者に負ける強者・意外性・巧智・リズムの変化が含まれる。
・期待はずれ…予想が裏切られ、一定の方向に進もうとしていた思考が突然戸惑いを見せるため起こる笑い。
・逆転…思考の方向が逆に向かっていることを知らされたり、常識の逆の現象が現れると起こる笑い。
・弱者に負ける強者…『逆転』の笑いの一つ。弱いはずのものが強いものをふりまわす、下の地位のものが上のものに対してリーダーシップをとったりする場合に起こる笑い。
・意外性…常識、先入観そのほか心の慣性の虚をつき、もう一つの事実をあらわにすることによって一種のショックを受ける。その思いがけなさが笑いを生み出す。
・巧智…意外性が特に知的に働いた場合に起こる笑い
・リズムの狂い…調子のよいリズムの連続、そこに突然、リズムを狂わせる要素がくわわると笑いが起こる。例えば、一人、二人、三人と子どもがうまく跳び箱を越え、四人目がしりもちをつくなど。

③思考や行動の不当な拡大
ある種のひねりをともなって誇張された表現や動作。
・言葉による誇張…明らかにおおげさなことを笑いを含む別の言葉で表現するレトリック
・動作、かたちの誇張…漫画や映画で見られる。

④価値の下落
威厳を持った人がすべってしりもちをついたり、外部には決して見せない内情が暴露されたりすることによって笑いが起こる。その時、笑う側に、笑いと一緒に生まれる副次的な感情が優越感であって、優越感を抱くとき笑いが起こるという〈優越感の理論〉は、原因と結果を取り違えているのである。価値の下落によって起こる笑いは、威厳の喪失 卑俗化 内情・本性の暴露 人間の非人間化 などに分類することが出来る。
・威厳の喪失…笑いを起こす人物の中であげた、職業的・社会的地位に制約を持つ人物の起こす笑いはほとんどこの笑いに分類される。
・卑俗化…権威や威厳のあるものを、それ自体の責任や失敗によってではなく、第三者がことさら低俗なところへひきずりおろすことによって起こる笑い。
・内情・本性の暴露…表面はどんなにとりつくろっても、いったん楽屋の中に入ると人間はだらしない本性をみせる。それを何かの理由で第三者にさらけだしたとき笑いが起こる。タテマエの裏側にかくされているホンネが思わず出てしまったときに起こるものもある。
・人間の非人間化…人間がなにかの事件で人間以外に似たものー動物、機械その他の物体になった場合、価値が下落し笑いが起こる。

⑤歪曲された思考・行動・状況
一つおぼえ 未熟な思考 未熟な技術 スリル 本末転倒 矛盾 詭弁 不合理 不可能 ナンセンス 不釣合いなど、平衡やバランス、常識をうしなった言動いっさいをここにふくめることにする。


では、織田正吉氏の著書『笑いとユーモア』の笑われる対象となる人物の分析を行う。以下はほっしゃん の『ボルネオ島』という話を文字におこしたものとその分析である。


(資料6) ほっしゃん。 『ボルネオ島

「僕この前、とあるロケでボルネオ島というところに行ってきたんですよ。マレーシアとかインドネシアのうちのマレーシア領のところで、みんなスキューバにいったりするんですけど、ジャングルの山手の方なんですよ。山奥のジャングルで、本当に日本人なんか誰も来ないようなところで、泊まるホテルがジャングルの中にボンとあるようなところで、もうそのへんにサルは出るは、野豚は出るは、野生動物の中にお邪魔しているような。

1週間ぐらい行ってまして、ベランダみたいなところに露天風呂がついてる部屋に。タレントだからスタッフさんよりいい部屋用意してもらってて。まあ野生動物の鳴き声が聞こえて、真っ暗なんですけど1回は入りたいと思ってたんですけどロケが忙しくて入れなかったんですよ。最終日結構早く終わったんでこの露天風呂はいろうと思って、真っ裸になって、入ったんですよ。お湯ためて、隣にもおんなじ様なタイプの部屋あって、西洋の白人の方が、おじいちゃんぐらいの方が入ってたんですよ。その人は海水パンツをはいてたんですよ。僕がフリチンで入ったときにうわわみたいな。顔をしたんですよ。海外だから法律とか知らないし、えらいことや。

白人のおじさんが部屋に戻ったんですよ。フロントの人に連絡されたらおこられるんちゃうかと。あわてて僕が部屋に戻って海水パンツがないからはいてたトランクスをはいて戻ったんですよ。そうしたら今度白人のおっちゃんがフリチンで出てきたんですよ。(一同 笑い①) まあアジアって言うこともあってお互いどっちが正解か?(一同 笑い②)向こうの人も向こうでああこういうルールだと思って。(なるほどね、どっちも正解でどっちも不正解みたいな)入れ替わったまま気まずい感じで。(なんか、いい話ですね)(一同 笑い③)」

・笑いの対象となる人物
この話の笑いの対象となる人物は、語り手本人と、白人のおっちゃんの二人である。語り手である、ほっしゃん と白人のおっちゃんの勘違いにより笑いが起きているので、上記の分類では③の言動の過失を犯す人物による笑い に分類される。知能や性格に欠陥があるわけではない二人が、温泉につかるときの文化の違いによって、双方が勘違いをしてしまいその様子から笑いが生まれる。
 
・笑いを起こす言動・状況
笑いを起こす言動や状況の観点からみると、①の類似点の発見の中のとり違えから起こる笑いである。語り手である ほっしゃん は我々と同じ日本の文化で、入浴時は全裸になるというのが当たり前と思い、当然のように全裸で入浴する。おそらくヨーロッパ系の白人のおじさんは海水パンツをはいての入浴が当然の文化であるのだろう。そこでお互いが勘違いを起こし、語り手である ほっしゃん はトランクスに着替え、白人のおじさんは全裸になって入浴する。双方の恰好が逆転して登場するという状況に笑いが起こるのである。

 

 

いかがであろうか。笑いの分析が見事になされており、わかりやすい。ただ、繰り返しお伝えしたいのは、笑いは、語り手がコンプレックスを克服している状態で無いと起きない。コンプレックスを克服していない状態では、痛い空気にしかならないのだから。それは受け手も同じであろう。受け手がコンプレックスを克服していない状態でそこをイジると、大変な傷になる。

 

よって、笑いとは、本当にコンプレックスを克服した、人々のお手本として君臨しているのだ。だからこそ、面白い人というのは、ものすごい洞察力であるし、ものすごい人を見抜く力を持っている。さもなくばコンプレックスを克服していないひとをイジってしまい、場を凍り付かせてしまうのだから。我々は、”お笑い”という世界にも誇る文化を持ち合わせている。この”お笑い”という文化には、学ぶべき事が沢山ある。決して一夜にして成し得る技術ではないが、研究したり、分析したり、真似したりする価値のある文化なのであろう。それが魅力的な人にも通ずるということだ。