第4次元:団体・グループの”バウンダリー”を参考にする

先に第6次元:日本の”社会性”について記載した。今回は、第4次元:団体の”バウンダリー”について記載したい。

 

ヒトは言葉以外にも、習慣、刺青、髪型、服装、歩き方、仕草など、きわめて多様な“しるし”を駆使して社会をつくっていく。これはヒトの本性で、わたしたちはある特定の社会に属していないと「存在」することができない。個人というのは、特定の社会の“しるし”すなわちアイデンティティをもつ者のことで、いかなるアイデンティティももたないのは「人間」ではないのだった。

 

これについてもう少し議論したいため、今回は民族間に見られる、エスニック・バウンダリーについて考えてみたい。以下、こちらより抜粋

 

文化人類学ではエスニシティの議論は、1960年代前半までは、それほど活発には議論されてこなかったテーマのひとつだ。ところが60 年後半より、旧植民地の独立がすすみ、いわゆるポストコロニアル状況が生起するようになると、先進国における少数民族問題など、民族アイデンティティ、社会紛争、国家建設や国民国家など、民族あるいは民族性が、現代国際政治における重要なテーマになると同時に、それと連動して地域社会に精通している文化人類学者にとって重要な研究テーマになってきた。

 

現代社会では、政治、経済、法、教育、マスメディアなどを支配する民族が強大なパワーを持つがゆえに、それらのパワーを持たない少数民族は、自身の文化のみならず、個々のアイデンティティをも維持することが日々困難になってきている。こうした「圧力」、 あるいは「飼い慣らし」によって、少数民族が支配する側の民族に同化されてしまうこと も少なくないが、その一方でエスニック・バウンダリーを維持しつつ、独自の慣習や言語 などを守っている民族も少なからず存在している。つまり、そうした独自の慣習や言語などを守っている民族は、同化の圧力を巧みにかわす方法を、意識的か無意識的かは別にして、保持していると考えて良い。

 

もちろんその場合、彼らは支配する側の民族だけではな く、他の民族との違いも明確化する。それは、衣服や料理といった外見的な「わかりやすい」指標に限らず、慣習や就業といった一見して「わかりにくい」ものも駆使しておこなわれている。自己を存立し、存続させるためには、こうした有形無形の指標を基礎としてエスニシティを構築し、エスニック・バウンダリーを維持し、それらを次世代につなげていくことがきわめて重要なのである。

 

エスニック・マイノリティにとって、エスニシティの可変性は、一朝一夕で獲得できるものではなく、歴史的な積み重ねとホスト社会との絶え間ない折衝と交渉・葛藤の末にようやく築き上げたものなのである。エスニック・グループはそうしたプロセスを経て獲得したエスニシティの可変性を、時代や状況に応じて表現し続けていくのである。エスニック・グループは彼らが担っている文化の形態的特性によって同定され、他から区分されるとともに、自らを他から区分する。そして彼らが生きる社会の中で、一定の社会的地位を獲得、維持すること になる。つまりエスニック・グループには、社会的な実効性があるわけだが、その観点からすると、社会組織の一形態であるといえる。

 

学者のバルトは、エスニック・グループがエスニック・アイデンティティを維持している場合、そこには成員資格となる基準があり、その基準を示したり、成員ではないと排除する方法があると指摘した。さらに、パターンとバルーチュの事例を使いながら、個人は文化的差異のある両民族間の境界を行き来することができるが、たとえ行き来していても、集団間の境界にある文化的差異は維持されていると主張する。つまり、個人によるエスニック・バウンダリーの越境は、社会集団であるエスニック・グループの境界の維持には影響しないのである。

 

学者のトーマス・ハイランド・エリクセンは、エスニック・グループ間に相互作用が発生するためには、文化的差異を相手側に伝達するための相互認識とコミュニケーションが前提として必要である、と主張する。そして文化的差異を認め合うことは、「我―汝」の過程として表現されると指摘している。つまり、エスニック・ バウンダリーの維持には他者が必要なのである。その他者とのコミュニケーションのプロセスでエスニシティが構築されたり、エスニック・バウンダリーが維持されたりするのだ。自己の存立には、自己とは異なる他者の存在が不可欠なのである。そして他者と自己の違いを強調すればするほど、自己の姿はくっきりと浮かび上がることになる。

 

・中国の「ペー族」の事例

「ペー族」の村落は一人あたりの農地面積が狭いので零細な農業しかできないため、生活には、農外就業が欠かせない。 こうした状況下において、彼らは「漢族とは一線を画した」ペー族による「労働ネットワーク」を構築していた。その「労働ネットワーク」は、村をベースにしていた。彼らはどこにでもありそうな「仕事」を、彼らのものとして創意工夫して使いこなしていく。そして、ペー族の若者は、ときに隣村の漢族から輸送機械修理工技術などを学んだり、他のペー族の村落に銀匠の技術を学びに行ったりしている。 つまり、彼らの農外就業は「村ベース」が基本なのだが、決してそれに固執しているわけではなく、彼らは社会変化に柔軟に対応しながら、その時代に即した農外就業を選択する可変性を持ち合わせていた。

 

たとえば、ある村で流行している仕事があれば、ペー族の誰かがそれを学びにいき、技術を習得する。それを村に持って帰ると、今度は、村ベースのネットワークで広げていくのである。彼らの村は「閉じて 」存続しているわけではなく、 彼らは農外就業を「開いて」おこなうことで、外からの知識を導入し、それを消化・吸収することで、社会状況に適合した「ペー族」を体現しているのである。つまり、ペー族は、いわゆる社会関係資本を活用することで、エスニシティを構築し、エスニック・バウンダリーを維持している。

 

中国の「ペー族」は、伝統に固執せず、むしろ、新しいものを次々と「受容」していた。しかしそれは単に受け身一辺倒の受容ではなく、彼らの都合に合わせて改変したり再解釈したりしたうえでの受容であった。それによって「今・ここ」にふさわしいと彼らが考える「ペー族」を体現していたのである。こうした日常的実践は、観光地化や銀匠というようなカタチに結実し、経済的な利得だけでなく、中国社会において一定程度の社会的地位を獲得することにつながった。 

 

それは他者と平和的に共存しながら、エスニシティを構築し、エスニック・バウンダリーを維持していくという生活知である。「ペー族」は伝統に固執しながらも、新しい技術を柔軟に取り入れながら、自分たちに都合のいいように再解釈と改変をおこない、それを所与のものとして自分たちのうちに取り込んでいた。さらに、こうして出来上がった新たな文化を観光資源に変えて、ペー族以外の他者から承認を得ることにも成功した。彼らはこうして自らの人権を守ったのである。

 

 

・関西人という人種の事例

別の事例だが、大阪を中心とした関西人という人種が確立されている。そこでは、関西弁と呼ばれる強烈な言葉をあやつり、”ギャグ”と呼ばれるお笑いをあいさつ代わりに行うという慣習がある。見ず知らずの人どおしが、”ボケ”や”ツッコミ”を披露するのだから、驚きだ。しかも、そのテクニックたるや、他の地方の人にはとても真似できないほどの、高度なものである。「ガハハハッ!」と、あっけらかーんと笑ったり、テンポよくツッコミを入れるようすに、その場の空気が明るくなるのを感じるだろう。

 

関西の「おもろい」は、本質的には、最後笑いに落とすだけじゃない。関西人は、いろんな人としゃべっていても、「話にオチがないな」などと常に考えている。意識せずとも、オチをつけてしゃべれるようになるのが関西人の特徴だ。そして、笑いが起きるのは、「ボケじゃなく、ツッコミのとこなんすよ、だいたい」というのを理解している。つまり「普通のこと」ではないような、なんかおかしいことをちょっと言うのがボケで、
ツッコミはそれがおかしいよ、って言う役。それがおかしいんだって認知したときに、みんな普通とちがうんだ、と思うから「おもろい」と思う。

 

関西人曰く、「なんや若いお笑いコンビがおもろくないときあるやろ。それは、ボケばっかりしとるから、普通のことかおかしいことか、こっちにようわからんから、おもろくないの。あとこっち(関東)の人で、『おもしろいっしょ?』みたいな顔で話す人おんねんけど、それツッコミがないとおもろくならへんからな!」とのこと。

 

このようにして、関西人という人種は、日本国内で地位を確立することに成功しているのだ。その方法が、関西弁という強烈な言葉をあやつること、そして、”ギャグ”、”ボケ”、”ツッコミ”を駆使したお笑いを人との交流手段とすること、によって成し得ている。

 

 

これら、ペー族や関西人の事例を、会社やチームにも生かしたいと思う。会社が多くの産業界の中でも、際立った存在として認知され、生き続けていけるようになるためには、上記のような”しるし”が必要なのだ。”しるし”、つまりは”アイデンティティ”なるものが必要なのだ。”アイデンティティ”であるがゆえ、教育研修をして得られるような安易なものではない。長い年月をかけて、代々受け継がれてきた慣習なるものなのだ。

 

かのリクルートは、江副氏の名言である「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」という言葉をプレートにし、従業員各自の机の上に置いていたという。これにより、リクルートが、どんなに人が入れ替わろうとも、リクルートであり続けた所以なのだ。

 

自己の存立には、自己とは異なる他者の存在が不可欠なのである。そして他者と自己の違いを強調すればするほど、自己の姿はくっきりと浮かび上がることになる。そして団体や組織やチームという集団を維持するためには、他の集団との明確な違いを強調し続ける努力が必要となる。その違いを強調できずに、受け入れてしまえば、たちまち、他の集団に取り込まれてしまうのだから。

 

集団を仕切るバウンダリーなるものは、クローズバウンダリーにしてしまうと、他から孤立してしまう。かといって、オープンバウンダリーにしてしまうと、迎合してしまう。それゆえ、半バウンダリーのように、開いていつつ閉じているという状態が最も良いのであろう。ペー族もしかり、関西人もしかりだが、決してクローズしていない。オープンにしつつも、閉じているという具合だ。人々がバウンダリーの外に出たり、内に入ったりと、交流は多かろうが影響はない。個人によるエスニック・バウンダリーの越境は、社会集団であるエスニック・グループの境界の維持には影響しないのである。

 

ヒトは言葉以外にも、習慣、刺青、髪型、服装、歩き方、仕草など、きわめて多様な“しるし”を駆使して社会をつくっていく。ただ、容易に真似できるようなものであってはダメなのだ。容易に真似できないような、強烈な慣習や仕草などが必要なのだ。航空業界といえば、”気品漂う美しい立ち振る舞い”のように、強烈な仕草があれば、多くの産業の中でも、航空業界として確固たる地位を築けるのである。今はコロナ禍で厳しいが、通常時であれば、多くの人々が憧れて参入していくような業界なのであるのだから。

 

今一度問う。あなたの会社には”しるし”があるか?そして、その”しるし”が他では真似できないような、強烈な”しるし”であるか?そして、教育研修して体得させるような安易なものではなく、従業員が自ら進んで体得しようと躍起になるような”しるし”であるか?この質問に、YES!と答えられるような”しるし”があるのなら、あなたの会社はこれからも存続し続けられるのだろう。