思考・意識の型で第8次元を捉えてみる!

先から、思考・意識の型について記載

している。各次元間には繋がりがあり、

第1次元の個人から、第2次元の部署・

チーム、さらには第3、4、5、6、7、

8、9、10次元にまで次元をつなげてい

くことで、思考・意識の型が出来上がる。

これを皆にやってもらえれば、ティー

組織が成立するということだ。

 

だからこそ、当方は繰り返し記載して

いるのだが、とにかく全員がレベル差

はあるものの、思考・意識の型を有し

てほしいのだ。

 

 

上記を思考・意識の型プラットフォーム

としたい。あえて名前をつけるとする

なら、”人の呼吸”とでも言うべきか。

人の呼吸 8の型 ○○ 、みたいに。

 

 

・8次元:人類

さて、この思考・意識の型で人類という

生命体を捉えてみたい。

上記のように”人類”という生命体を

捉えたとしよう。この生命体は活きて、

躍動的で、感情や理性を持ち、人間

のように尊重されるべき存在になって

いるか?本当か?

なっていないというのならば、何が原

因なのだろうか?そこを考えねば、

”人類”という生命体が捉えられない。

 

一つ下の次元である第7次元:世界

経済では、経済関係者という視点で

生命体を捉えていた。つまりは、職

業で分類したということになる。

なぜなら、ビジネスとして生命体を

捉えることをやっているのだから。

よって、第8次元:人類という生命体

も、職業で分類すると良いのではと

いう発想だった。それが上記だ。

経済関係者、政治関係者、宗教家、

学生、主婦、高齢者などカテゴリー

に分けて、各部位に配置したという

次第だ。

 

しかし、これでは生命体が躍動し

ている状態にはならない。平等の

チャンスも無いし、プライドを持って

各カテゴリーの人々がやっているか

というと一部のカテゴリーがそうでは

無いと言える。

フリーターというのはカテゴリーとし

ては相応しく無いのでは無いか?

プライドを持ってやっているわけで

はなく、仕方なくやっているのだから。

また、赤ん坊なんて意思表示すら

ままならないのに、何故カテゴリー

として捉えるのかわからない!

 

経済関係者が大きすぎて、平等の

チャンスがあるとは言いがたいので、

経済関係者をもう少し、細分化して

捉えてみよう。

例えば、会社に属さない人々という

意味で、”自営業者”というカテゴリー

もあるのではないか。

また、会社役員と従業員も別と考え

られるのではないかという発想で、

経済関係者を3つに分けたい。

会社役員、会社従業員、自営業者

の3つである。

 

このように、様々な議論が考えられ

るのであろうが、人類という生命体を

いまだに上手く捉えきれていない。

ヨーロッパの王族・貴族に、人類は

統治されているのか?それは大昔の

話であろう。現代も統治されているの

だろうか?イルミナティーという存在

を考えると統治されていると言えるの

かもしれないが。

 

しかし、”愛貨”をやりとりするとなると

王族・貴族、フリーター、高齢者などに

関わらずやりとりできる。決して王族・

貴族だから愛ある行動が上手にできる

などということはない。フリーターであっ

ても愛の行動は十分出来るのだから。

赤ん坊は十分すぎるほどの愛をもらう。

高齢者は十分すぎるほどの愛を与える。

そう考えると、赤ん坊もカテゴリーとして

は成立するのではないか!と考える。

 

そうして捉え直したら、下記のような

生命体になったとしよう。

 

主婦や高齢者が”愛”ある行動を

牽引していくのであり、要のハート

には赤ん坊が入り、学生やフリー

ターも愛を模索して動き回るために

両足に配置した次第だ。

このように捉えるということは、政治

に依存する世の中ではなくなると

いう思考・意識の表れであり、自分

たちが世の中を創っていくぞ!とい

う強い意志を感じるだろう。

これが、”お金”を中心とした経済界

とは真逆の奉仕界という視点から

捉えた世の中なのである。

 

世界中の国々で、このような奉仕界

が広がっていく世の中になるよう、

我々一人一人が、思考・意識の型

で人類という生命体を上記のように

捉えていくべきなのであろう。

繰り返しだが、意識上ですら捉えら

れないようでは、現実化は決して

起こらない。逆に意識上できちんと

イメージが確立できたならば、現実

はもうすぐやってくるのだ!

だからこそ、この思考・意識の型で

生命体を捉えるという概念が極めて

重要なのである。この重要性を理解

出来たのではないか。

 

 

いかがであろうか。

このように、意識上で”人類”という

生命体を捉えられないなら、決して

現実でもティール社会になることは

ないのだ。

ずっと王族・貴族に統治され続ける

人類で有り続けるということだ。

意識上で平等のチャンスがあるような

生命体を捉えることができれば、現実

でもそのようになっていくということだ。

人類は、赤ん坊から高齢者に至るま

で、平等のチャンスがあり、王族・貴族

だろうが、フリーターであろうが、平等

のチャンスがあると意識上で捉える

ことができれば、現実もそうなっていく

のだから。

それをティール組織・ティール社会と

呼ぶのだ。